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宮城県
復興取材レポート

NOW IS.防災 フロントライン Vol.5

伝承の手法は浜の語りに学べ。

■check! 01/非日常を意識した生活。津波は遠いことではない。

福島県の新地町では、台風が近づくと、岸につながれていた漁船を港の中へ共同で避難させる(2018年6月10日)

東日本大震災の記憶の風化が懸念される中、今現在も伝承施設や語り部など、さまざまな方法で「伝える」取り組みが行われていますが、立派な建物が建てられず、情報を伝える手段も少なかった時代の人々は、どうやって災害の経験を伝えてきたのでしょうか。

そのヒントを与えてくれるのが民俗学です。

三陸を中心に、浜や港町の人々に調査を重ねてきた川島研究員はこう話します。「津波は、浜の人々にとって、『たまにある』ことです。自分の経験、じいちゃんの経験を、普段から語っていました。非日常を意識して生きているんですね」。

例えば、ある家では「津波が来たら雨戸を閉めて逃げろ」と語り継がれていました。立地上、家屋が流失する可能性が低くても、家具や漁具が外へ流れ出ないようにしなさい、ということです。

■check! 02/身近であること。いつも聞いていること。

『風俗画報』に描かれた、明治の三陸大津波

「津波から逃げるとき、あの山に登った。後ろから来る人に草履をつかまれたので、脱いで逃げた。上まで登って振り返ったら、後ろに人はいなくて、着物の裾が濡れていた」という100年近く前の経験が語り継がれている家もあります。「苦しい経験は人に話したいという心理も、伝承に役立っているように感じます」。

「玄関先にはわらじをつるせ」という言い伝えは、いざという時に履いて逃げる履物を準備しておけ、ということ。「さらには、毎日見る玄関に履物がつるしてあることで、防災を常に意識するよう工夫しているんですね」。

「津波の前の晩、夜中に隣の屋根をスリッパでピタピタ歩く足音を聞いた」などの怖い語りも、小さい子どもの意識に「防災文化」を根付かせるために役立ちます。

「自然と体一つで対峙する漁師は、災害に関しては人間側の問題として、どう対処できるかを考えているのだと思います。子や孫に経験を語り、防災を生活の中に根付かせる。彼らにとって大仰な学びは必要ない。あの人から聞いた、うちではこう聞いたという身近な防災意識が、生き抜くことにつながるのだと思います」。

PROFILE
川島 秀一研究員

神奈川大学日本常民文化研究所、東北大学災害科学国際研究所教授を経て、現在、同研究所でシニア研究員。気仙沼出身で自らも被災している。漁村や港町に暮らす人々を中心に、民俗や信仰、生命観などを研究。