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宮城県
復興取材レポート

NOW IS.対談 in 気仙沼
Rakeさん×唐桑御殿つなかん 菅野一代さん

現実に向き合い、 未来に挑戦し続ける。
唐桑の女将が教えてくれた チャレンジの尊さ。

震災の後、ぐっと近づいた海外。

菅野一代さん(以下一代)ーその甲冑すごいね!外国の人、食いつくでしょう。

Rakeさん(以下Rake)ー日本の艶やかさを表現したいと思って。この鎧を着て日本の魅力を紹介する「SAMURAI JAPAN PROJECT」は、海外の反響も大きくて、インスタグラムのフォロワーは開設後10ヶ月で18000人を超えました。

一代ー2013年に始めたこの民宿「唐桑御殿つなかん」にも、最近外国の方が来てくれるようになったの。でも私、英語しゃべれないから伝えたいことが話せなくて。本当は、唐桑の文化や歴史を紹介したいんだけど…。

Rakeーこんないい雰囲気の場所に来たら、会話がなくてもいい時間を過ごせそう。窓から海を見てのんびりしたり。障子や枠の細工もいい。日本好きの人にはたまらないんじゃないかな。

一代ーそうでしょう。でもここにも、震災の時には10m以上の津波が入ってきて。1階が鉄筋だったから家自体は残ったけど、柱と屋根だけになったのね。でも屋根はあったから、ボランティアで来た子たちが「雨風をしのげればいいから」って寝泊まりし始めたの。そういう姿を見ていたら、どうしてもこの家を再建したくなって。綺麗な細工が施された欄間や襖も、泥の中から拾ってきたの。大工さん泣かせよね。本当は壊して建て直せって言われたんだけど、そこは譲れなくて。

Rakeーそうなんですか…。

一代ーそういうことを外国から来たお客さんにも説明したいんだけどね!何にも話せないから、最後は「愛」しかない(笑)。「よく来てくれました!」って、気持ちだけ。

Rakeー伝わります。言葉以外でも。

一代ー震災の後、海外がぐっと近くなった。以前は、外国の方をまるで宇宙人みたいに見ていた唐桑のじっちゃんばっちゃんも、今では「あんだ何しに来たんだ」って方言で話しかけてる(笑)。

与えられた運命の中でいかに生きるか。

Rakeー「つなかん」はもともと普通の家だったわけでしょう。震災前に、自分が民宿をやるって考えたことありましたか。

一代ーまったく思ってなかった!嫁いでからずっと牡蠣剥きばかりやってたから。結婚したばかりのころは、反発ばかりしていたんだけど、ある時義理の父が「与えられた運命を愛せよ」っていう言葉を教えてくれて。じゃあ私は牡蠣剥きで一番になろうかな、って。やりがいを見つけながらやってきたの。でも津波で全部流されて、財産が長靴とカッパだけになって。ただただ、みじめでね。それでもボランティアの子みたいに周りに助けてくれる人がいたから、少しずつ変わることができたんだと思います。

Rakeー人と接することで生まれるエネルギーってありますよね。

一代ーうん、そのエネルギーだけで生きてきた。

Rakeー誰かと一緒にいることが自分を奮い立たせてくれることもある。一代さんはきっと、起きた現実に対して、自分で向き合って、自分で進む道を見つけるしかないと思っている方なんだな、と感じました。芯の強さというか。凛とした気持ちがあるんだなと。

一代ー心配してくれる人たちを悲しませたくないって思ってね。ここに魂を落ち着けるって決めたから、みんなにいつでも帰ってきてねって言いたいんです。

Rakeー「与えられた運命を愛せよ」。いい言葉ですね。僕も、音楽家を休止して、これから変わり続けるチャレンジをしていくことになりました。当初想い描いた未来とは違うかもしれない。でもこれから、無限の可能性の中から、未来を見つける挑戦をしていきたいと感じました。

(文責・沼田佐和子)


Rake(れいく)
宮城県仙台市出身のシンガーソングライター。2011年3月にリリースした『100万回の「I love you」』がヒット。2015年にミュージシャンとしての活動を休止し、舞台などエンターテインメントを学ぶ。2019年に「SAMURAI JAPAN PROJECT」の一員として、インスタグラマーデビューした。


菅野一代(かんの いちよ)
岩手県久慈市出身。22歳の時に気仙沼市唐桑町の牡蠣漁師に嫁ぎ、水産加工業に従事してきた。東日本大震災による津波で自宅が全壊したが、若いボランティアとの出会いが契機となり、自宅を改修し民宿「唐桑御殿つなかん」をスタート。いつもあたたかい笑顔で迎えてくれる名物女将として愛され続けている。