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復興取材レポート

NOW IS.対談 in 気仙沼 大島
石崎ひゅーいさん × 合同会社野杜海(のどか) 小山春幸さん

「わけざかな」、「自給自足」、「大島時間」。
便利になっても変えたくない大切なもの。

2019年4月7日。本土と離島・大島を結ぶ気仙沼大島大橋、愛称・鶴亀大橋が開通しました。それまではフェリーでしか行き来できなかった大島。生活の利便性の向上や救急医療の確保、観光客の増加など、さまざまな効果が期待されます。そんななか7月26日にオープンしたのが、集客施設「野杜海(のどか)」です。今回は、代表の小山春幸さんを、シンガーソングライターの石崎ひゅーいさんが訪ねました。

変わっていく景色
変わらない大島の文化

石崎ひゅ-いさん(以下石崎)ー海が目の前で、山が見えて、「野杜海」はいい場所にありますね。

小山春幸さん(以下小山)ー実はここ、防潮堤の上なんですよ。震災後、津波から地域を守るために防潮堤をつくるとなった時、海と陸との間に壁をつくる計画が示された。そうではなく、どうにか海とつながった空間にしたいと考え、傾斜型の防潮堤を土で覆い一帯をかさ上げして、公園のような場所を提案したのです。そして、今そこに「野杜海」があるんです。

石崎ー景観も集客施設も両立させたんですね。そういう場所が地域を守っている…。

小山ーそうですね。大島の活性化の拠点にしたいと思っています。大島は、高齢化率が50%以上になっています。子どもも少なく、人口は確実に減っていく。だからこそ、ここを地域の活力と文化を維持できるようなコミュニティにしたいと思っています。たとえば、大島には「わけざかな」って風習があるんですよ。

石崎ーわけざかな?

小山ー大島はもともと、半農半漁で暮らしてきました。漁に出て魚を取ってくると、市場に出荷できないような魚を近所の家の玄関にぶら下げておくんです。マグロのブロックが括り付けてあることもある(笑)。特に何を言うでもなく分け合っている。これが「わけざかな」。

石崎ーへぇ!東京でやったら不審物だと思われる。

小山ー大根とか、野菜も同じようにして玄関先に置いて来たりするんですよ。支え合う生活。「ご近助」です。

石崎ーうらやましいですね、そういうの。都会には、そういう文化がないから、若い人は新鮮に感じるんじゃないでしょうか。

小山ー橋が架かって、生活が変わっていくだろうが、大島ならではのよさを残し、伝えなければと思っています。ここの飲食店で使っている魚や野菜は、ほぼ100%大島でとれたものです。島の方々が「野杜海」に卸して、それを食として提供する地産地消です。海や畑でがんばっているお年寄りの生きがいにもつながる、ヒトとモノの循環です。

石崎ー自給自足みたいですね。先日、『そらのレストラン』という北海道の映画に出演したんですが、そこで描かれていたのも、自給自足の風景でした。

小山ー実際、島内では7割くらいが自給自足なんです。島ゆえのスタイルといえます。また、「大島時間」っていう独特の時間感覚もあります。漁があると朝5時とかに、普通に電話して来て魚を卸す。

石崎ー5時!寝てますね。

小山ーいい意味で、マイペースでありつつのんびりしているんです。そんな時間を過ごしてほしいから「野杜海(のどか)」という名前を付けました。橋が架かって便利になった。観光客も若い人も増えていくといいと思う。でもその一方で、あえて変えないもの、ずっと残っていくものがあったらいいと思うんです。そういう大島ならではの文化や空気を感じられる場にしたいですね。

(文責・沼田佐和子)
 

石崎ひゅーい(いしざき ひゅーい)
1984年生まれ、茨城県水戸市出身。2012年にシンガーソングライターとしてメジャーデビュー。各地でツアーを行うとともに、テレビドラマやアニメ、映画などのテーマ曲も数多く発表。2019年には役者として映画出演するなど、活動の幅を広げている。


小山春幸(おやま はるゆき)
1958年生まれ、気仙沼大島出身。中学校の教員を経て、合同会社野杜海の代表。野杜海にある「青と緑の茶や HARU」の店主も務める。