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宮城県
復興取材レポート

NOW IS.対談 in 女川
中村雅俊さん × OCHACCO 内海康生さん

どんな人も「お帰りなさい」と
迎え入れてくれるまち。

 今回は、俳優・歌手の中村雅俊さんと、中村さんの生まれ故郷ー女川へ。シーパルピア女川で、OCHACCO代表の内海康生さんと対談しました。内海さんは、昨年女川に店を構えた、いわば「移住組」。それぞれの視点で見る「今の女川」を語ってもらいました。

女川が発するパワーに
惹かれて進む人たち

中村雅俊さん(以下中村)ーお茶はほっとする時間のお供にもなるし、健康にもいいし、目の付け所がおもしろいですね。店を構えるにあたって、あえて女川を選んだというのは、どういう理由があるんですか?女川は、石巻線の終着駅だし、人口減少も激しいし、課題が多い地域だと思うんですが…。

内海康生さん(以下内海)ー2016年に東京の会社を辞めて宮城に帰ってきたとき、あえて人口の少ないところから事業をスタートしてみたいと思ったんです。宮城の沿岸部は、震災でダメージを受けましたが、沿岸部ならではの文化がたくさんあります。私も気仙沼出身で、浜の雰囲気には愛着があります。女川は「復興の先駆者」と言われるような場所でもあるし、ここなら、自分たちの想いや商品を世界に発信できる場になるのでは、と。

中村ー課題が多い反面、すごく注目されている場でもありますし、頑張りがいがある場所ですね。あと、個人的には、年寄りのマンパワーがすごいと思っています。俺は震災当時60歳だったのですが、同級生のパワーがすごかった!地元に帰ってくるたびに「中村、あれやるぞ、これやるぞ!」と声がかかって。復興に対する熱量があったなと思います。

内海ーそれはありますね。そういう雰囲気とかパワーとかに惹かれて、30~40代の若い社長が続々集まっています。ポテンシャルがあるような感じがしますね。

中村ー女川のいいところはどんなところだと感じていますか。

内海ー人がいい!みんな一緒になって盛り上げようとしてくれるし、今はもう、地元より地元感があります。観光などで女川に来た人も、僕と同じように「帰ってきたような気分」になってくれたらいいですね。

中村ー店名の「OCHACCO」(おちゃっこ)というのは、いい名前ですよね。女川にいたころはよく、ばあちゃんたちがやってたなぁ、お茶っこ。どこかに集まって、お茶を飲みながらおしゃべりするのを、このあたりでは「お茶っこ」と言うんですよね。

内海ー「お茶っこしてがい」って言い合っていましたよね。

中村ー近所の人たちが日当たりのいい縁側に集まって、お新香やお菓子をつまみながら、庭を眺めてね。子どもは、そのお菓子目当てに、挨拶したりしたものです。「お茶っこ」できる環境は、これからも残してほしいなぁ。復興で気忙しくしている時期だから、なおのこと。

内海ー昔も今も、お茶はコミュニケーションの手段です。若い人でも「一緒にしゃべろうよ」みたいなときに「お茶しに行こうよ」と言いますよね。自分も、「OCHACCO」を通して極上の時間をつくる手伝いができたらと思っています。

中村ーさっきも言ったけど、女川は石巻線の終着駅でしょう。途中下車はありえないから、女川は常に目的地です。わざわざここに来たからには、「お帰り」と言ってあげたい。「帰って来たなぁ」「落ち着くなぁ」と思えるような雰囲気がある場所であってほしいと思いますね。

(文責・沼田佐和子)
 

中村雅俊(なかむら まさとし)
1951年生まれ、女川町出身。慶應義塾大学経済学部に入学後、文学座附属演劇研究所に入所。ドラマ「われら青春!」でデビュー後、俳優、歌手として幅広く活躍している。東日本大震災後は被災地支援やチャリティーなどに尽力した。


内海康生(うちうみ やすなり)
気仙沼市出身。2011年にフレーバーティーの本場であるフランスの紅茶専門店「マリアージュフレール」に入社し、銀座本店、都内各百貨店で6年間勤務。2017年にOCHACCO創業 、2018年に女川に店舗を構える。