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復興取材レポート

【語り部が本当に語りたいこと】 震災語り部の会 ワッタリ 菊池 敏夫さん

亘理町の津波被害を後世に伝えるために設立された、町民ボランティア「震災語り部の会ワッタリ」。設立当初から世話役として会長を務める菊池敏夫さんに、お話をお伺いしました。

誰かが語り継いでいかなくてはならない。
東日本大震災で震度6弱を観測し、それに伴う大津波で町の約48%が浸水した亘理町。当時、菊池さんがいた「荒浜地区交流センター」にも、津波が押し寄せました。
「ものすごい揺れだったので、津波がくるかもしれないと思いましたが、家も人も流されるような津波は想定外でした。建物の2階に避難して数分。自分の家が流されていくのが見えて、あっという間に自転車が走るスピードくらいの濁流が押し寄せてきて、ようやく大変なことが起きていると分かったんです」。「荒浜地区交流センター」に避難した人は、菊池さんを含めて72人。周囲の水が引かず、孤立状態になりました。高齢の方を中心に、約半数の人はヘリコプターで救出されましたが、いけすを船にして全員が脱出できたのは、地震発生から2日後だったと言います。

自宅が流される様子を目の当たりにした菊池さん。震災後、亘理町商工観光課から「震災語り部をやらないか」と声を掛けられた時も、最初は断っていたそうです。
「こんな話は人の前でするものじゃないという気持ちと、もしかすると話ができないかもしれないという気持ちから、断り続けていました。でも、津波による犠牲者を出さないためにも、私たちと同じような想いをする人を一人でも減らすためにも、誰かが語り継いでいかなくては…という想いが徐々に強くなり、お世話役ならと引き受けることにしました」。

 

“津波は来ない”は間違った思い込み。
こうして2012年8月に「震災語り部の会ワッタリ」を設立。2013年4月から、17人のメンバーで本格的に活動をスタートしました。6年目を迎えた今は、10人のメンバーで活動を続けています。
案内するのは、主に団体で亘理町を訪れる人たち。語り部を担当するスタッフ2名がバスに同乗し、震災記録映像や写真をまとめたDVDを上映し、「荒浜小学校」や「鳥の海公園」「鳥の海ふれあい市場」などを巡りながら、語り部が話をしていきます。津波被害の恐ろしさを伝えることはもちろんですが、全国から受けた様々な支援への感謝の気持ちも、同時に伝えています。
「最近は、訪れる人の顔ぶれが変わってきたと感じています。修学旅行や大学のオープンキャンパスに合わせて訪れる団体などが、話を聞きに来てくれます。若い世代が防災や減災のことを学ぶのは、すごくいいことですよね」と菊池さんは微笑みます。

今年、菊池さんが所属する住民組織「荒浜地区まちづくり協議会」では、語り部のガイドコースにも入っている「鳥の海公園」の「鎮魂の杜」に、「警世の碑文」を建立しました。ここに刻まれた五つの教訓が、まさに「震災語り部の会ワッタリ」が伝えたいことだと菊池さんは言います。

「荒浜に津波は来ない。」は幻想なり
川の水 引けば津波だ 大きいぞ
此処よりも 高所を探して すぐ逃げろ
油断して 途中で戻れば 命取り
何よりも 命が大事 一番大事と心せよ

「自分も含め、“荒浜に津波は来ない”という安全神話を信じてしまっていたんです。でもそれはウソだった。そのことを、子どもや孫たち世代に伝えていきたいと思っています。また、津波被害に遭わなかった亘理町の人にも話を聞いてもらい、家の中で語り継いでいってもらいたいですね。あとは若い人にも語り部のメンバーになってもらい、次世代に伝えていってもらいたいと思います」。

震災語り部の会 ワッタリ
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