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復興取材レポート

【語り部が本当に語りたいこと】 丸文松島汽船(株) 松島復興語り部クルーズ 横山 純子さん

東日本大震災以前から丸文松島汽船(株)の遊覧船でガイドを務め、今は「松島復興語り部クルーズ」の語り部としても活動する横山純子さんに、お話をお伺いしました。

話さなければ、みんな震災のことを忘れてしまう。
日本三景としてその名を知られ、多くの観光客が訪れる松島。東日本大震災では、松島湾に浮かぶ島々が津波の勢いを弱めたものの、土産物店などが軒を連ねるメインストリートは冠水。歴史的建造物も地震の被害を受けました。

その松島で、震災から約1カ月半後に遊覧船の運行を再開させ、早期に復旧・復興の姿を見せたのが丸文松島汽船(株)です。同年11月からは「松島復興語り部クルーズ」の運航をスタート。横山さんをはじめとするスタッフが、観光客に向けて自身の震災体験を語っています。

横山さんは、松島町の隣、東松島市野蒜(のびる)地区の出身。津波により、ご両親と自宅を失いました。
「はじめは、心配してくれるお客さんに“被災してない”ってウソをついていたんです。本当のことを話してしまったら、止まらなくなるんじゃないかと思って言えなかったのかもしれませんね。でも、話さなければ、きっとみんな震災のことを忘れていってしまう。遊覧船に乗っている少しの間だけでも思い出してくれる人がいれば、亡くなった方への供養になるんじゃないかな、と思って、お話させてもらうことにしたんです」。
横山さんがガイドをするのは、ほとんどが県外や外国の学生たち。中にはリピーターになる方や、毎年生徒たちを連れてきてくれる学校もあるそうです。

明日はいつも通り来ないかもしれない。
「松島復興語り部クルーズ」は、松島湾に浮かぶ島々を遊覧船でめぐる約50分のコース。横山さんはそこで、時にはクイズを出したり、お客さんと対話しながら、防潮堤の役割を果たした島のこと、津波の直撃を受けても一人の犠牲者も出さなかった桂島の話、今後の防災・減災についてのアドバイスなどを話しています。

しかし、横山さんが語り部の活動を通して一番伝えたいことは、「明日はいつも通り来ないかもしれない」ということだと言います。
「実は3月11日の朝、私は寝坊をして、両親と大ゲンカをしてバタバタと出勤してしまったんです。会社に向かう車の中で反省し、ケーキを買って帰って謝ろうと思っていました。でも私は、一生謝ることができなくなってしまった。誰かに悪いことをしてしまったら、“明日謝ろう”ではダメ。すぐにその人の顔を見て“ごめんなさい”と言うこと。そしてうれしい時はすぐに“ありがとう”と伝えること」。

東日本大震災から8年たった今、観光地松島には、津波が来なかったのではないかと錯覚させるほど、穏やかで美しい景色が広がっています。横山さん自身も、東松島市の高台に集団移転し、新しい生活を始めています。
「津波のことを引きずらないように、ただ忘れないようにしようと思っています。そしてお客さんには笑顔!震災の話を聞いて暗い気持ちになって帰るのではかわいそう。“話を聞いてよかった”と思いながら、笑顔で船から降りてもらえるのが一番うれしいですね」。
ときには話を聞きながら涙ぐんでしまうお客さんもいるそうですが、松島での良い思い出の一つになってもらえればと、横山さんは今日も笑顔を絶やさず、野蒜弁で軽快なガイドを続けています。

 

丸文松島汽船(株) 松島復興語り部クルーズ
https://www.marubun-kisen.com/