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宮城県
復興取材レポート

【特集】復興10年 サンドウィッチマン ロングインタビュー(後編)

東日本大震災の発生以来、宮城を応援し続けているサンドウィッチマン。
お二人が感じる宮城の「いま」を語っていただきました。

>>「復興10年 サンドウィッチマン ロングインタビュー(前編)」はこちら


自分は生かされた。地元に対する使命感。


―テレビで見ない日はないほど活躍なさっているお二人ですが、宮城県でもたくさんお仕事をしていますよね。地元の仕事は、どういう気持ちで臨んでいらっしゃいますか。

伊達:すごくうれしいですよ。やっぱり、仕事で宮城に帰ることは、昔からの憧れだったので。宮城で仕事したいなら東京で売れなくちゃいけないって。僕は最初からそういうつもりでしたから。

―デビューした頃からですか?

伊達:うん、最初から。だから、レギュラーで地元の番組に出られるのは、本当に有難いですしうれしいですよね。そのおかげで、宮城県内の様々なまちに行くことができるし。

―お二人は、宮城県の新しいお米の品種「だて正夢」のPRをはじめ、たくさんのポスターに登場しています。自分たちの顔が宮城県の至る所に貼ってあるというのは、どういう気持ちですか。

伊達:すごくうれしいですね、それは。知り合いの芸人が仙台で仕事で泊まったりすると、「サンドウィッチマンだらけだな」とか言われるんです。またそれもちょっとうれしいですし、悪いことできないなと思います。

―地元の仕事に対する向き合い方は、震災で変わりましたか。

伊達:心構えが変わったかなぁ。地元があんなダメージを受けて、僕たちはたまたまですけど、その大変な時、同じ場所にいて。偶然、逃げて生き延びることができた。あの時、逃げなかったら本当にどうなっていたか分からない状況だったっていうのは、何回振り返ってもどきどきしますし。そういうことを考えると、地元をPRしなきゃいけない、という「使命感」みたいな気持ちはありますね。元気なところを伝えていかなきゃという。

―その使命感を支える原動力は何でしょうか?

伊達:僕らも震災で、知り合いが亡くなっているんですよ、同級生とか。だから、僕らは生かされたっていう気はしています。そういう気持ちですかね、原動力は。

―思い返しても大変な経験でしたね。

伊達:本当に。みんな、明日どうなるか分からないっていう経験をした。「行ってきます」って出て行って、「ただいま」って帰ってこない人たちが山ほどいたわけで。語り部の方の話を聞くと、「帰ったときにはちゃんとただいまって言うのがすごく大事なんですよ」みたいなことをお話ししてくださる。僕らも子どもに、「ちゃんとただいまって言うんだよ」って言っています。帰れない人もいるんだよって。

2016年の「NOW IS.」vol.8では、宮城県多賀城高校の「災害科学科」を訪れました。

―そういう経験をしたあと、漫才やお笑いの手法は変わりましたか?

伊達:基本的に、これは変化しちゃいけない部分だなと思っています。ただ、「死ぬ」っていうワードを自分たちが言いたくなくなったっていうことはありました。5年間くらいは言えなかったですね。

富澤:今はもう言ってますけどね。

伊達:「死」っていうワードをちょっと遠ざけてました。あまりにも目の当たりにしたので。簡単に言っちゃいけない言葉だなって。

被災地にとって10年は通過点。これからも関わりを続けたい。

―東日本大震災から10年。お二人はこの10年をどうとらえていますか。

伊達:震災の後、月1回は被災地に行っていろんな人と話してますけど、「10年だからなんだ」という感じなんですよね、向こうにいる人たちって。震災5年目の時、気仙沼に行ったんですが、「今5年だからこうやってみんな来てくれるけど、来年誰も来ないもんね、4 年のときも来なかったもんね」って言われたんです。キリのいい数字って、大きく報道されたりしますけど、被災地の人たちはそんなに重きを置いてない。次の年には11年目があるだけ。

富澤:10年で何かゴールしますっていうものでもないし、特に変わらないなっていう感じはします。まだ行方不明の方を捜している人もいますし。

伊達:変わらないよね。

―お二人が設立した被災地応援基金「東北魂」は今後も続けていきますか?

伊達:そうですね。口座はずっと開いているので。現在も月命日に振り込まれることが多いですし。年間6000万くらい振り込まれて、10年間で5億円近いお金が集まりました。そういうのを見ると、僕らはやめちゃいけないなって思います。

―どういうところに寄付しているんですか?

伊達:最初は震災遺児に渡るようにしていたんですけど、今はそのお金が整ってきているようなので、今後は違う寄付先も考えたいと思っています。子どもが遊べる遊具とか、ベンチにするとか。

―では最後に、サンドウィッチマンのお二人がこれからどんなふうに宮城に関わっていきたいか、改めて教えてください。

伊達:この10年間以上に深く関わりたいなと思います。やっぱり多くの方は10年っていうことで、じゃあそろそろ遠くから見守ろうかっていう感じになると思いますけど、我々は逆に中に入りたいなと思います。もっと行く回数を増やしていきたいなと。

富澤:僕らが頑張ることで宮城のいいところを紹介できたりするので、そこはこれまで以上に頑張っていきたいなと思います。発信していける方法を考えながら、今までどおり、やっていきたいですね。


サンドウィッチマン
宮城県出身の伊達みきお、富澤たけしが1998年に結成したお笑いコンビ。2007年のM-1グランプリで王者に輝き、計算しつくされたコントでブレイク。東日本大震災発生時、気仙沼で被災したあと、3月12日に発信したブログ『みんな頑張れ! 』は多くの人に感動と力を与えた。「東北魂」チャリティグッズの販売、被災地への訪問活動など、現在も被災地支援に力を入れている。