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宮城県
復興取材レポート

【石巻】
職業も年齢も違う様々な人々が、主役になってつくる新生・石巻。

>>「NOW IS.対談 in 石巻 水野美紀さん × 株式会社街づくりまんぼう 木村仁さん」はこちら

石ノ森萬画館の展示室は、トンネルのような構造になっていて、石森作品の世界に引き込まれていきます。

大行列ができた
震災2か月後のイベント。

石ノ森萬画館を拠点に、様々な催しを企画している木村さんですが、その中で特に印象に残っているイベントがあります。

「震災から2か月後の5月のゴールデンウィークに開催したイベントなんです」。

そのころはまだ、萬画館を存続できるか分からない状況でした。

「でも、スタッフが、自主的に萬画館を片付けに来るんですよ。みんな自宅も被災しているので、家を片付けるように言っても毎日来るんです。そこで、じゃあ毎年ゴールデンウィークにイベントをしていたので今年もやろう!それが終わったらいったん区切りにしよう、って決めたんです」。

当時の石巻市は、まだがれきが至るところに残っている状況でした。
「子どもたちの遊ぶ場もなかったので、子どもが楽しめることをやろうと考えて。5月5日のこどもの日に一日だけやることにしました」。

当時は反対の声もあったそう。
「不謹慎だと言われたりもしましたが、手伝わせてほしいと言ってくれる方もたくさんいました。当日は6000人も集まって。橋の向こうまで大行列になったんです」。

「みんな楽しいことを求めていたのかもしれませんね」と水野さん。

木村さんはうなずきます。「最初に必要なのは食べ物や物資でした。それから心の支えになる音楽や芝居、漫画などに」。

萬画館はその後2012年11月に再開しました。それからも木村さんは復興やまちづくりという視点から様々な催しや取組を行っています。

「新しくできた堤防から、川向いの萬画館に映画を映す野外上映会をやったり、川の向こうから萬画館側にボールを蹴る大会をやったりね。地域のロケーションを活かした楽しみ方があるんです」と木村さん。

水野さんは「おもしろい!」と歓声を上げます。「今の石巻って、子どもが住むのにぴったりな環境かも。刺激もあるし、木村さんのように子どもたちのことを考えてくれる人もいる。家族で改めてゆっくり、萬画館を訪れたいと思いました」。

大勢のマンガ家から贈られた、応援メッセージの色紙が展示されています。

地域のなりわいに参加しながら
長期滞在する人々。

次に訪問したのは、住宅街にある一軒の家。
ちょっとレトロで懐かしい雰囲気の家から「こんにちは!」と顔を出したのは、巻組の渡邊享子さんです。

巻組 代表の渡邊享子さんと。

渡邊さんは、古い空き家をリノベーションしてシェアハウスやゲストハウスとして活用する取組を行っています。

「どんな方が泊まりにくるんですか?」と水野さん。

「アーティストやデザイナーなど、いろいろな方が来ます!いま、アドレスホッパーと呼ばれる、住所を定めずにリモートで仕事をする方が増えていて。そういう方が滞在して、お仕事をしたりするんですよ。仕事だけじゃなく、牡蠣剝きのアルバイトをしたり、狩猟免許を取ってみたり、マリンスポーツをしたり、石巻の人と海に関わりながら過ごすんです。大量消費社会に暮らしている都会の人にとっては、つくる充実感を感じられる水産業の現場ってとてもおもしろいので」と渡邊さん。

「夏休みの間子どもと一緒に来てみたい!そういう豊かな暮らしを感じられるのはいいですよね」と水野さん。

渡邊さんが初めて石巻に来たきっかけは、ボランティア。その後、移住し起業しました。

「石巻を選んだ理由は?」と水野さんが聞くと、「人ですね」と渡邊さん。
「地元の人もそうですし、石巻には同じボランティアでここに来ている人がたくさんいたので。この人たちとなら何かできそう、と思ったんですよ」。

石巻の空き家をリノベーションし、ゲストハウスなどにする取組を行っています。

迎え入れる気持ちが強い
石巻の人々。

次に訪れたのは、まちづくりの拠点であるIRORI(イロリ)石巻。石巻に住みついた元ボランティアの人たちや、まちづくりのキーマンたちが集う場です。

お会いしたのはISHINOMAKI 2.0の松村豪太さん。「ここは、いろんな人を巻き込んで、様々な動きを生み出す場なんです。巻組も、ここに集まる人たちがきっかけになって生まれた会社なんですよ」と松村さん。

ISHINOMAKI 2.0代表理事の松村豪太さんと。

木村さんが話していた野外上映会も、ISHINOMAKI 2.0に集まる人たちから生まれた企画だそう。
「ぼくは石巻出身なのですが、若い頃はこのまちが嫌いだった。閉鎖的でおもしろくなくて。震災があって、いろんなことが起き、多様な人が石巻に入ってきた。これを機に、石巻をおもしろいまちにしてやろう、って思って。集まってきた人たちを集積するハブのような場が必要だと思って、ISHINOMAKI 2.0を始めたんです。だから、ぼくの原動力は、このまちに対する恨み」。
松村さんはそう言って笑います。

「10年経っても人の出入りは止まらなくて。巻組のゲストハウスに滞在するような人と、新しい動きが起きたりとか。10年経って、ようやく手ごたえが出てきました。復興がひと段落したこれからもローカルベンチャーとか、地域資源を活用したスタートアップのお手伝いとか、やれることはたくさんあるんですよ」。

IRORI 石巻に飾られている石巻のまちづくりの現在を描いた地図。あちこちで様々な取組が行われています。

水野さんは取材を終えて、「どんどん新しいことが芽吹いて生きているように感じました」と話します。

「震災直後にボランティアに来ていたときは想像もつかなかったような芽が、芽吹いてきている。生まれ変わってるんだなと肌で感じます。私、ボランティアに来た時、石巻の人って、人を迎え入れる気持ちが強いんだなと思ったんです。支援物資を持って行くと、逆にお菓子とかお茶とかくれたりする。『よく来た、これも食べてって』って。歓迎したい気持ちがすごく強くて、あったかい。震災後にボランティアの人が移住してきたりするというのも、分かる気がします。その石巻の人柄があったから、助け合って、もっと新しくなることができたのかなと思います。刺激がいっぱいありました!子どもと一緒に、この空気を感じられたらと思っています」。

【ここに注目! NOW IS.EYE’S】

IRORI 石巻 2011年12月にできたオープンシェアオフィス兼カフェで、石巻のまちづくりの拠点になっている。ゆかりのアーティストのグッズも販売。


水野美紀(みずの みき)
1974年生まれ、三重県出身。『踊る大捜査線』シリーズなどのドラマ、映画で幅広く活躍。エッセイの執筆も行う。東日本大震災発生後数日で被災地に入り、一般の人々とともにがれき撤去などのボランティアに従事した。