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宮城県
復興取材レポート

<特集> コロナ時代を乗り越える東日本大震災の知見

新型コロナウイルス感染症は、様々な課題を浮き彫りにしています。
今回は、フリーアナウンサーの佐藤育美さんをナビゲーターに、
これからの社会で活きる東日本大震災の知見を紹介します。

日々のミッションと美味しい食事で
どんな時でも元気に、前向きに!

東日本大震災の経験と知見を
アフターコロナの社会に活かす。

東日本大震災が起きてから、10年が過ぎようとしています。甚大な被害をもたらしたこの大災害は、様々な教訓を私たちに残しました。日頃からの防災、コミュニティの維持、心のケア。多くの研究が行われ、たくさんの成果を出しています。
その成果が活きるのは、災害の時だけではありません。今、私たちが直面している新型コロナウイルス感染症にまつわる問題においても、その知見が活きる場面がありそうです。今回は、フリーアナウンサーとして活躍する佐藤育美さんをナビゲーターに、いくつかの知見やアドバイスを紹介します。

ボランティアで感じた
誰かと一緒に成し遂げる大切さ。

育美さんといえば、夕方の情報番組「OH!バンデス」の駅前中継として親しみを持っている人も多いのでは。番組でも、その他の仕事でも、宮城県各地を訪問していた育美さんは、東日本大震災後、あちこちで泥かきのボランティアをしていたそうです。

「私に何ができるのかな、と考えたんです。それで、泥かきのボランティアならできるかな!って。朝にボランティアセンターに行って、毎日違う方と作業に行くんです。外国の方と一緒になることもありました」。

この経験を通して、育美さんは、目標に向かって誰かと共に頑張る尊さを感じたそう。
「初対面同士でも、今日は一緒にここまでやるんだ!と目標を決めると、元気が湧くんです。災害があってこれからのことで悩んだり、不安な時でも、目標があると、すごくパワーになるんだなと思いました」。

東日本大震災の時だけでなく、その後、豪雨の被害を受けた場所にも清掃ボランティアとして訪れたそう。

日々の目標が、
自粛生活を乗り切るパワーに。

数カ月に及んだ自粛期間。人と会う機会がなくて寂しかったのでは、と尋ねると、意外にも「そんなことなかったです」と育美さん。
「ネコの世話をしないといけないし、講師をつとめている日本語学校ではwebで授業をすることになるし、忙しかった。それこそ、毎日ミッションがあったから、大変だと思う暇がなかったのかも」。

日本語学校の学生とは、定期的にwebでコミュニケーションをとっていたという育美さん。「私は初めてweb授業を経験したのですが、たとえ画面上であっても、顔を見られるのは安心しますね。対面での会話が一番だと思っていましたが、想像以上に伝わるものだな、と思いました」。

それでも久しぶりに生徒に会ったときは、やはりこみ上げるものがあったと言います。
「元気な姿を見られてジワっときました。リアルもwebも、それぞれにいいところがあるんだな、と実感しました」。

愛猫と一緒に。自粛期間中、育美さんの生活にハリを与えてくれたのが、この猫たち。

あらためて発見した
何気ない風景の魅力。

「今回、イベントのお仕事がほぼゼロになりました。それでもレギュラーの『OH!バンデス』とweb授業があったからよかった。そうじゃなかったら、もう少し凹んでいたかも」。

今回のようなコロナ禍や災害に直面した時、自分が元気でいるために、育美さんは「よく食べて、よく寝ること」を心がけていると言います。
「先を考えると暗くなるから、大丈夫だと思うようにして。あとは宮城の米と味噌と醤油できちんと食べること、日々のことをちゃんとやることですね」。

育美さんのお子さんは、現在神奈川県の大学で栄養学を学んでいます。お子さんから非常時の食事についてもアドバイスがあったそう。
「保存食やレトルトばかりだと炭水化物中心になりがちだから、野菜や主菜を意識して準備しておくといいよ、と言っていました。私も今回の特集を読んで、ストックを見直してみようかな」。

県外に出かけられない数カ月間を通して、宮城の身近な魅力に気づいたという育美さん。
「広瀬川沿いの渓谷とか、秋保や七ヶ宿の滝とか。身近な自然や魅力を見直すきっかけになったと思います。他県の人が来られるようになったら、こういう、宮城の小さな幸せを、楽しんでもらえたらいいですね」。

ナビゲーター

フリーアナウンサー
佐藤 育美(さとう いくみ)さん

宮城県大河原町出身のフリーアナウンサー。夕方の情報番組「OH!バンデス」、イベントなどで活躍するとともに、日本語学校の講師、母校の女子大学の講師としても活動。家族は大学生の娘とネコ。休日はテニスや旅行など、アクティブに過ごす。