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宮城県
復興取材レポート

自分のことのように、被災地の今を感じる。はるな愛さんと変わり続ける南三陸町へ。

南三陸の海を見ながら「南三陸キラキラ丼」を

当時自分ができたことは楽しい想い出を渡すこと
「わあ!おいしーい!!キラキラしてる!」。南三陸町の旅は、そんな歓声からスタートしました。「『南三陸キラキラ丼』っていうんですよ。海と太陽と人の表情がキラキラしてほしいという願いが込められています」。案内してくれた南三陸ホテル観洋の女将、阿部憲子さんの言葉に「本当に笑顔になっちゃう」と海の恵みを頬張ります。

はるなさんが町を訪れるのは6回目、震災直後は避難所などを訪問しました。「なにかしたいと思ってとにかく来てみたら、みんな、私の顔を見て、手を握って泣くんです。『愛ちゃん、家族の手、離しちゃった』って」。

南三陸ホテル観洋は、震災直後から地域住民の避難所になった場所。ロビーには、当時から現在までの写真が展示されています。

「当時は辛い気持ちに寄り添える人が来てくれることが、とても有難かったんです」という女将の言葉に、はるなさんはうなずきます。「私も昔そうだったんだけど、辛いとか、いやだなって気持ちを心にため込んじゃうと、あたたかい気持ちが入る余裕がなくなっちゃう。心の傷を癒すことはできなくても、楽しい想い出や豊かな気持ちを渡すことは、できるのかもしれないなって思います」。

南三陸ホテル観洋の女将とともに 語り部バスツアーなど、ホテルが独自で行う取り組みについても話を聞きました。

南三陸キラキラ丼 町内の各店で多彩な丼を味わえます。

私が今感じていることをみんなにも感じてほしい
次に向かったのは、今年の3月3日にオープンした「南三陸さんさん商店街」へ。海産物を扱う店をのぞいたり、牡蠣を試食したり。行く先々で店員や町の人とふれあいます。

「こういうふうに、町の人も観光客も集まる場があるのは、すごくいいですね」とはるなさん。「こうやって人と話して感じるぬくもりは、ブログじゃ書きつくせない。私の役割は、被災地の様子を伝えることだと思っているけど、私が今感じている楽しさやおいしさは、やっぱりここにきて、体験してくれたらいいなと思います」。

「南三陸さんさん商店街」をあとにした一行は、補修工事された「旧防災対策庁舎」などを視察。今も震災当時の姿を残す「旧高野会館」では、津波で破壊された室内を見学しました。3階に続く階段に残った津波のあとを目にしたはるなさんは「怖かったでしょうね…」と言葉少なでした。

南三陸さんさん商店街にて 鮮魚店「ロイヤルフィッシュ」で、生きたタコに大興奮のはるなさん。

 

旧高野会館 震災当時、屋上に避難した300人以上の命を救いました

今、南三陸町は、市街地をかさ上げするための工事が進んでいます。「南三陸さんさん商店街」も元の市街地から約10m盛り土した上に建てられました。まるでピラミッドを作っているような風景を眺めながら「この景色は、もう今日しか見られないんですね」とはるなさん。

「今まさに変わろうとしている景色を見ることが、災害への備えになるかもしれない。一歩踏み出して、南三陸町の今を見にきてほしいって、これからも伝えていきたいと思います」。(沼田佐和子)

PROFILE はるな愛
1972年、大阪府出身。タレントや歌手として数多くのテレビ番組に出演するほか、実業家として飲食店なども経営。東日本大震災直後から東北を訪れ、避難所や仮設住宅での慰問や、炊き出し支援などに従事した。

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