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宮城県
復興取材レポート

【特集】復興10年 サンドウィッチマン ロングインタビュー(前編)

東日本大震災の発生以来、宮城を応援し続けているサンドウィッチマン。
お二人が感じる宮城の「いま」を語っていただきました。


東北人らしからぬスピードで変わっていくまち。


―東日本大震災の発生から10年が経過して、復興の現状をどうとらえていますか?

伊達:沿岸部のまち、ものすごくきれいになりましたよね。震災を思い出すようなものの多くは、数年前にはすでになくなっていましたけど、そこからもう一段階変わっている。もっと人を呼べるような何かを、それぞれの地域でしっかり考えている感じがします。震災前にはなかった施設も増えたし、ある意味、震災前以上のまちができあがっているような。

―サンドウィッチマンのお二人は、震災発生時、取材で気仙沼市にいましたよね。気仙沼市は、震災前と現在で、どう変わったように思いますか。

伊達:あの時は、古い港町という印象でした。街並みもレトロで。あと、とにかく人がいなかった。魚市場の目の前にあるパチンコ店をひょいっとのぞいたら、2人しか打ってなかったですからね。今の気仙沼は、すごくおしゃれ!

富澤:うん、とにかくおしゃれだよね。

伊達:すごいですよ。内湾に面してカフェやレストランがあったりして。観光客も来てるしね。こんなに変わると、まちをつくっている人は面白いだろうなぁ。

アートカフェバーSEASAW(シーソー)にて。(「NOW IS.」vol.8より)

―他に印象に残っているまちはありますか?

伊達:いっぱいありますよ。名取市閖上の「かわまちてらす閖上」もいいですよね。川に面した商店街で、ロケーションも良くて。あそこみたいに、他の地域から入ってきた人たちが、沿岸部で商売を始めているのも面白いですね。

―確かに「かわまちてらす閖上」には、もともと閖上に住んでいた事業者の方以外も、たくさん出店していますもんね。

伊達:震災前を知らない人たちも一緒に新しいまちをつくってくれているって感覚もあります。石巻も、他の地域から移住してきている人が多いでしょう。そういう人たちが元々住んでいた人だけでは思い描けないようなことを、考えてくれているような印象があります。こんないい場所があるんだから、これを活かそう、海のそばにこんなものをつくったらどうだろう、って。

富澤:若い人が戻ってきて、新しいことをやっているというのも多いですね。それから、あの時、ボランティアに来てくれた人とのつながりが今も続いていたり、何かをやるときにその人たちが助けてくれたり、ということも聞きます。そういう人が、東北のいいものをどんどん見つけて、発信してくれていますね。

伊達:若い人、確かに増えていますよね、震災前と比べても。ただ、一方で漁業者の高齢化が進んでいるなというのは、すごく感じます。そういうところにも注目してもらえるようになったらいいなと思いますね。

―東北は保守的なイメージもあるエリアですが、変わってきている感じがありますか。

伊達:もちろん。震災では本当にたくさんのものを失いましたが、よく考えると得たものもあるなと思います。東北人らしからぬ復興のスピードだと思いますよ。いろんな人の意見を聞いて、すごく前向きになってる人が多いと思います。復興のスピードが遅いと言う人もいますけど、僕らはそんな風に思わないし、非常に順調だと思います。

富澤:東北に住んでいる人は、毎日そんなに景色が変わらないから遅いと思うのかもしれないですけど、たまに沿岸部に行く僕たちからすると、すごく変わってたりする。

伊達:一生懸命働いてる人がいっぱいいますからね。ダンプカーもいまだにたくさん走っている。そういうのを見ていると、遅いとは口が裂けても言えません。

震災をきっかけに全国に注目された宮城の「いいもの」。

―被災地の復興は進んでいますが、一方で、ここは変わらないなと思うところはありますか?

伊達:やっぱり住んでいる人たちの人柄じゃないでしょうか。震災後に移住してきた人たちに話を聞くと、「人がすごくいい」「みんなすごく優しくて、住みやすい」と言うんですよ。それは、我々もすごく誇りに思います。

―サンドウィッチマンさんご自身も人柄の良さは感じますか?

伊達:感じますよ。宮城の人って、俺はいいから、私はいいからっていう、控えめな性格の人が多いじゃないですか。それって裏を返せば、「私はいいからあの人にやってあげて」っていうことですよね。そういう内に秘める優しさが、東北人だなっていう気がします。

これまで発行した「NOW IS.」を眺めるふたり。

―お二人は、震災直後、「10年後の宮城」をどう想像していましたか。

伊達:うーん、イメージできませんでしたね…。もうぐちゃぐちゃでしたから。あの時の姿を見ていると、10年で何ができるんだろうって思いました。

富澤:がれきを片づけるのも、もっと時間がかかるだろうと思っていました。そういう意味では、10年でここまで建物が建ったりするんだな、と。

伊達:人のパワーってすごいなと思いましたよ。自然の力もすごく痛感しましたけど、それに勝る人間のパワーっていうんですかね。震災からの復興って、地面の造成から始めているわけですから。そこに建物を建てて、いろんな人を呼んで。この10年、みんなで今までにないスピードで走ってきたんじゃないでしょうか。名産品もすごく増えてきた。前までは、「これおいしいのに、仙台駅とかで売らないんですか」とか言うと、「いい、いい、近所で売れればいいの」だったのに。

富澤:それが良さでもありましたけどね。

伊達:そうなんだけどね。震災で注目されて、そういうおいしいものが再発見された。バイヤーさんたちが被災地に来ることも増えたから、今は東京で、以前は買えなかったようなものが買えたりしますもんね。

富澤:今、「石巻」とか「気仙沼」とか言っても通じますから。昔は通じなかった。どこ?って感じで。

伊達:「イシマキ」って言われてたよね。

>>「復興10年 サンドウィッチマン ロングインタビュー(後編)」はこちら


サンドウィッチマン
宮城県出身の伊達みきお、富澤たけしが1998年に結成したお笑いコンビ。2007年のM-1グランプリで王者に輝き、計算しつくされたコントでブレイク。東日本大震災発生時、気仙沼で被災したあと、3月12日に発信したブログ『みんな頑張れ! 』は多くの人に感動と力を与えた。「東北魂」チャリティグッズの販売、被災地への訪問活動など、現在も被災地支援に力を入れている。