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宮城県
復興取材レポート

宮城から、ありがとう。
SUPPORT FILE No.7「南三陸病院」

全国各地、世界各国から寄せられた、たくさんの支援。
宮城の復興は、そんな数多の想いで成し遂げられています。

SUPPORT FILE No.7
「南三陸病院」

From 台湾 To 南三陸町

病院、ケアセンターの両施設を合わせて「南三陸病院・総合ケアセンター南三陸」と呼ばれています。

南三陸町内唯一の病院である「南三陸病院」。前身の公立志津川病院は、東日本大震災の津波で被災。2011年4月に外来機能を担う公立南三陸診療所を開設、同年6月には、隣接する登米市に入院施設として公立志津川病院を開設し、分散運営を行っていました。

再建にあたり大きな力となったのは、台湾から寄せられた海外救援金でした。台湾赤十字組織から建築費用の約4割にあたる22億2,000万円もの支援を受け、2015年12月に診療開始となりました。

南三陸町と台湾、両者をつなぐように「絆」が強く刻まれている記念碑。

診療科は内科や外科、小児科など10科で、病床は90床。病院施設に加え、地域の保健や福祉といった行政サービス施設「総合ケアセンター」も併設。町の医療・保健・福祉の拠点施設として、それぞれが連携を取りながらサービスの提供を行う「地域包括ケアシステム」の推進に取り組んでいます。

両施設の間には、「みなさん通り」というホールがあり、緊急時にはトリアージ(※)をする場所としても使えるようになっています。

※トリアージ:大事故・災害などで同時に多数の患者が出た際に、一人でも多くの傷病者に対して最善の治療を行うため、手当ての緊急度に従って優先順位をつけること。

「このホールは緊急時、多くの人が訪れて椅子に座りきれない場合でも、底冷えしないよう床暖房を設置しています。震災時はとても寒かったですから…」と事務次長の後藤正博(ごとうまさひろ)さんは言います。緊急時にベッドとして使えるソファーをロビーに配置したり、柱の所々には酸素取り込み口を設置したり、震災の教訓を活かしています。

みなさん通り。

事務長の佐藤和則(さとうかずのり)さんは「本病院の来院者数は1日平均200人で、病床稼働率は90%です。町の入院施設はここしかありませんので、地域医療の拠点としてこれからも頑張りたい」と話してくれました。

取材に対応してくれた後藤さん(左)と佐藤さん(右)。

南三陸町の家々の神棚には、神社の神職が縁起物を切り抜いた半紙「きりこ」を飾る風習があります。訪れた方に元気になってもらいたいと、「きりこ」を模したガラススクリーンが、外来の待合スペースと病室に飾られています。