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宮城県
復興取材レポート

宮城から、ありがとう。
SUPPORT FILE No.2「七ヶ浜町立遠山保育所 らいおんパーク」

全国各地、世界各国から寄せられた、たくさんの支援。
宮城の復興は、そんな数多の想いで成し遂げられています。

SUPPORT FILE No.2
「七ヶ浜町立遠山保育所 らいおんパーク」

From シンガポール To 七ヶ浜町

園庭の周囲に保育室などの建物がロの字状に配置されています。

遊具はもちろん、砂場やプールもあります。

三方を海に囲まれ、北は松島湾、東と南は太平洋に面した半島状の七ヶ浜町は、東北の市町村で一番小さな港町。
丘陵地にある遠山保育所は、東日本大震災の地震により大規模半壊してしまいました。

震災から3カ月後の6月、シンガポール赤十字社が被災地を支援する復興プロジェクトを探しているという情報を知り、支援を受けられないかと奔走したのが、当時七ヶ浜町地域福祉課長だった寺澤薫現町長(以下、寺澤町長)でした。

当時を振り返る寺澤薫町長。

「小さな町を支援してもらえるか正直分かりませんでした。シンガポール大使に手紙を送ったり、視察に来ていただいたり、なんとか遠山保育所を再建したいという想いを伝えました」と寺澤町長は当時を振り返ります。
保育所の再建をいち早く進めることは、住民が「これからもこの地域で安心して暮らしていける」という未来を想像し、復興への希望につながります。
熱意が通じ、シンガポール赤十字社による遠山保育所再建の支援が決定しました。

そして震災から半年の2011年9月、保育所の設計を公募型プロポーザルで実施。
「せっかくいただいた支援なので、素晴らしい場所にできたらと、公募型プロポーザル方式により広く提案を募集しました」と寺澤町長。
応募は全国から103件もあり、2013年4月に開所しました。

遠山保育所は、広い園庭を中心に、保育室やホール、調理室などがロの字で囲むように配置され、みんなで手をつないでいる形がイメージされています。
愛称はシンガポールの「マーライオン」にちなみ、「らいおんパーク」と名づけられました。

地域から親しまれ、子どもたちの元気な声が響き続けること—。
それが感謝への想いにつながっています。

各式典やお祭りなどが行われるホール。

園児による和太鼓の演奏は、毎年夏に披露されます。