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復興取材レポート

仙台89ERSフロント 志村雄彦さんと第2のホーム、南三陸へ。震災がつなげた縁を巡る

「南三陸町総合体育館ベイサイドアリーナ」で志津川ミニバスケットボールスポーツ少年団の小松祐治監督と。

住民を笑顔にし、交流を深めるイベントを。

プロバスケットボールチーム「仙台89ERS(エイティナイナーズ)」にとって南三陸町は、第2のホームグラウンドにも等しい場所です。

2011年から毎年オフシーズンに訪れ、プレシーズンゲームや子どもたちに向けたスクールなどを行っています。
2018年には6日間にわたり「トレーニングキャンプ2018 in 南三陸」を開催しました。

「僕個人も小さい時から両親と南三陸を訪れていました。だから、チームとしてここに関われるのはとてもうれしい」。

「仙台89ERS」でゼネラルマネージャーを務める志村雄彦さんは、まるで地元に帰ってきたようなリラックスした表情でそう話します。

最初に訪れたのは、合格祈願・復興祈願キャラクター「オクトパス君」のオフィシャルグッズを制作している「南三陸復興ダコの会YES工房」。

YES工房にはユニークなグッズがずらり。合格祈願グッズの文鎮のほか、文房具などもあります。

オクトパス君の記念写真を見ながら「この試合、覚えています。南三陸でやる試合は、なぜか印象深いゲームになるんですよね」と志村さん。
「熱戦でしたね」と頷くのは工房の大森丈広会長です。

YES工房。木造の廃校舎を活用した工房は、南三陸を見下ろす丘の上にあります。

廃校舎を利用したYES工房。
1階は売店と工房として、2階の広い教室はワークショップを行う場として使用しています。

「実は南三陸では昔から養蚕が盛んなんですが、ここではマユをペイントしたりするマユ細工体験ができます。また、南三陸は杉の産地としても有名なんですが、間伐材を利用した木工体験などもできるんですよ。隠れた名産が多いんです」と大森さん。

YES工房で木工体験。間伐材を小刀で削ってスプーンの柄をつくる体験にハマる志村さん。「小刀を使って何かをつくる経験は、災害の時に役立つと思います」と大森さん。

仙台89ERSとコラボしてグッズをつくったこともあるという話を聞きながら「いろいろアイディアが湧きますね」と志村さん。
「こういう産物の話を聞きながら、ここでファンと選手の交流イベントをできたら楽しそうですね」。

震災は続いている。そのことを伝えたい。

昼食は「季節料理志のや」。
2018年のトレーニングキャンプで、選手の昼食の会場となったお店です。

「いらっしゃい!」と親し気に声をかけるのは、店主の高橋修さん。
「選手の大きさにびっくりしたなあ。うちの玄関は高さ2m近くあるんですけど、身をかがめてくぐったお客さんは初めて」と当時を振り返ります。

志のや店主の高橋修さんと。「スポーツで町を盛り上げたい」と高橋さん。「オール南三陸の食材を選手に出せるように、体制を整えたい」と話します。

お孫さんもバスケをやっているという高橋さん。
「人口1万3000人足らずのこの町にプロのチームが来るなんて、子どもたちにとってはもちろんですが、大人にとっても楽しみ。試合を夢中で見ていると、震災のもやもやしたダメージが薄れるような気がするんですよ」。

志のや。「南三陸きらきら丼」を頬張り、目を細める志村さん。「選手時代シーズン中は生ものを控えていたので、食べられるようになってうれしい」。

その後にお会いした、志津川ミニバスケットボールスポーツ少年団の小松祐治監督も高橋さんと同じようなことを言います。
「笑っていいんだ、楽しんでいいんだと思いました。仙台89ERSが来ると、普段はバスケに親しみがない多くの方も足を運んで応援してくれるんです」。

震災の後、南三陸町の教育委員会にいた小松さんは、バスケを通して町を元気にしたいという想いがありました。
もともと知り合いだった志村さんのお母さんを通して、仙台89ERSの被災地応援とつながり、町の全面支援があって公式戦が実現しました。
「当時体育館は復旧工事が進まず、プロに試合を頼めるような状況ではなかったのですが快く引き受けてくださいました。それからの付き合いです」。

志村さんにとって小松さんは、自分の試合を見続けてきてくれた親戚のような存在。
「震災で失ったものも多かったですが、こうやって縁が繋がって、新しい関係が生まれるのは、本当にいいことですよね」と話します。

2011年、仙台89ERSは東日本大震災の影響で、1年間の休止を余儀なくされました。
期間限定で移籍した琉球ゴールデンキングスでは、背番号89を背負ってプレー。
「自分のバスケに対する考え方がガラリと変わりました。それまでは単にプロとしてプレーしていましたが、震災後、使命感を感じるようになりました。この地でプレーし続けることは、自分に与えられた、自分にしかできないことなんじゃないかと」。

現在はフロントとして、選手とファンに震災を伝える方法を模索しています。

「今、このチームで震災を経験したのは僕だけ。89ERSがどういうふうに震災を経験し、被災したチームとしてどう戦うべきかを考えてほしい。地震と津波があったのは3月11日のあの瞬間でしたが、この地に住む僕らにとっては、あれからずっと震災が続いているんです。そういう場所があるってことを、チームのみんなにも、ファンの人たちにも、感じ続けてほしいなと思います」。
(文責・沼田佐和子)


志村 雄彦
1983年宮城県仙台市生まれ。『仙台89ERS』ゼネラルマネージャー。小学3年でバスケットボールを始め、仙台高校を高校日本一、慶應義塾大学をインカレ優勝に導く。東芝に所属後、仙台89ERSに入団。160cmの小さな体を巧みに使い「小さな巨人」「Mr.89ERS」と呼ばれ愛された。2018年選手を引退。現在はフロントスタッフとして、日本一を目指している。