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宮城県
復興取材レポート

【気仙沼 探訪】
残る当時の風景と、前進する人々。 どちらも「今」の気仙沼。

>>「NOW IS.対談 in 気仙沼
May J.さん × 気仙沼市 東日本大震災遺構・伝承館 佐藤克美さん」の記事はこちら

PRISM マスターの小野寺雄志さんと、みしおね横丁にて。

素直に感じたことを、自分の言葉で発信したい。

「震災の年の8月に初めて気仙沼に来て、気仙沼小学校の校庭で行われた夏祭りでチャリティライブをやったんです。がれきもまだたくさん残っていて、避難所で暮らす方々も多い状況で。このような場所で歌手としてできることがあるのかな、と悩みましたが、歌い終わったあと、一人のおばあさんが来て、自分は津波で家族を失ってしまったんだけど、今日あなたの歌を聞いて、ちょっと元気になったよ、って言ってくださったんですよ。それを聞いて、私、これからも歌っていいんだなと、思えたんです。東日本大震災遺構・伝承館で震災当時の様子を見て、あの時の気持ちを思い出しました」。 

そう話すMay J.さん。

破壊された窓はそのまま。荒れた室内を間近で見ることができます。

津波の傷跡をそのまま残している気仙沼向洋高校の旧校舎を見学している途中も、何度も息をのみ、言葉を失う様子が見られました。

「いま、ここまでリアルな状況を目の当たりにできる場所は他にないですよね。時が止まっているみたい。校舎の3階に押し流された車とか…。ここに立つと、当時の状況を想像できる。そういう力が、防災につながるのかもしれないですね」。

震災直後から毎年、気仙沼を訪れているMay J.さんにとって、もう一つ印象に残っている光景があります。
真っ暗な被災地の夜、明るくにぎわっていた「復興屋台村気仙沼横丁」です。

次に訪れたのは、復興屋台村の想いを引き継ぎ、2019年7月にオープンした「みしおね横丁」。

「復興屋台村は5年半続き、そこでいろいろなコミュニティがたくさん生まれました。そういう賑やかな場がなくなってしまうのはさみしいと思い、新しい仲間とともに始めたのがこの横丁です」と話すのは、みしおね横丁の仕掛け人であり、 PRISMのマスターでもある小野寺雄志さん。

「復興屋台村では、毎月いろいろなイベントをしていたので、こっちでも続けていきたい。以前は外から気仙沼に来た人の拠点のような場所でしたが、今は地元の人のほうが多いですね。常連さんと観光客の人が一緒にここで飲んでたりね。船を降りたかつお漁師さんが、かつおを丸ごと持って来たりするんですよ」。

楽しそう!と声を上げるMay J.さん。
「漁師さん、お会いしてみたいなぁ。ここは、気仙沼の今を知れる場所なんですね」。

くつろげるリビングのような雰囲気のPRISM。

「私が知らなかった気仙沼を見ることができました」と一日を振り返るMay J.さん。

「忘れちゃいけない部分を知ることができる場所と、どんどん楽しくなるみしおね横丁、気仙沼に生きている人のいろんな側面を見ることができました。これからも、呼んでいただける限り毎年来ます!私が感じたことを、自分の言葉で伝えていくこと。それが私の使命かなと思っているので」。

気仙沼市街地のイルミネーション点灯式で行われたMay J.さんのライブ。

【ここに注目! NOW IS.EYE’S】

みしおね横丁は、トレーラーハウスを利用した屋台村。BARやインドネシア料理、沖縄料理など気仙沼に住む人が営む店が並びます。注目は、お風呂!昔からあった銭湯を復活させ、漁師さんが早朝に一風呂浴びられる場をつくりました。
 
 

May J.
1988年生まれ、神奈川県出身。幼いころからピアノやダンス、オペラなどを学び、2006年にメジャーデビュー。震災直後からチャリティライブなどの慰問や支援を行い、気仙沼クリスマスイルミネーションプロジェクトONE-LINEに8年連続で参加している。