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復興取材レポート

【気仙沼 探訪】
パワフルな人がいる―これこそが、気仙沼の魅力とチカラ

>>「NOW IS.対談 in 気仙沼 蝶野正洋さん × 気仙沼市消防団団長 菊池賢一さん」はこちら

男山本店の4代目当主、菅原昭彦さんと、再建された店舗にて。

震災で見えた、お客様の「顔」。

大正元年(1912年)創業の老舗酒蔵である「男山本店」。東日本大震災では、酒の販売と本社機能を有していた店舗が津波で被災。国の有形文化財として登録されていた貴重な3階建ての建物でしたが、3階部分のみが残されました。

「本当は、残された部分も壊してしまおうかと思っていたんです。でも、『絶対に残したほうがいい。再建しよう』と言ってくださる方がいて、国内外の財団からの寄付や補助金をいただきながら、流失した1、2階部分を再建してオープンさせました」と話すのは、4代目当主である菅原昭彦さん。

2020年7月15日、9年4カ月ぶりにオープンした男山本店の魚町店舗。

在りし日の姿を取り戻した港町のランドマークを前に、蝶野さんも「すごく立派ですね!」と感嘆します。

店舗に案内された蝶野さんは、菅原社長の勧めで日本酒を試飲してみます。新しく設置されたサーバーから注がれた「気仙沼男山」「蒼天伝」を口にして、「俺はあまりお酒を飲まないんですけれど、これはすごく飲みやすい!おいしいですね」と話すと、菅原さんも「ありがとうございます」と笑顔をはじけさせます。

再建された店舗の1階で試飲する蝶野さん。

そして、津波被害で残された3階部分へ。「ここは展示スペースとして活用します。震災のこと、そして男山の歴史をお伝えする場所として、みなさんに自由に入っていただけるようにする予定です」と、菅原社長。

被災を免れた建材を再利用している3階は展示室となっており、震災の被害や再建までの歩みなどをパネルで紹介しています。

そして、蝶野さんを窓際に案内した菅原社長は、150メートルほど高台にある蔵を指さし、「あそこでお酒を造っているんですよ」と話します。そして「うちでは震災の翌日から操業を再開したんです。〝もろみ〟というお酒のもとになるものが残っていて、それをちゃんと搾ってお酒にしようと決めました。多くの方々が様々な形で助けてくださったおかげで、震災後もお酒を造ることができたんです」と。

その活動はテレビをはじめとするメディアに多く取り上げられ、全国に配信されました。すると、九州在住の方から手紙が届いたのだそう。

「そこには『私の高齢の父親は、伏見男山での晩酌を毎日の楽しみにしています。今回、被災されたと聞いて父も大変落ち込んでいましたが、ニュースでお元気な姿を拝見して父も元気を取り戻しました』といった内容が書かれていたんです。ああ、こういう方に届けていたんだ、と涙が出るほどうれしかったですね」と話す菅原社長に、蝶野さんも「誠実にお酒を造っているからこそなのでしょうね」と、感心しきりでした。

「人」が魅力的で、移住を決意した。

最後は、今年7月にグランドオープンしたばかりのクラフトビール醸造所である「BLACK TIDE BREWING」へ。

缶ビールのラベルは、気仙沼在住のデザイナーとタッグを組んでデザインされました。

ブリュワー(醸造士)の丹治和也さんと会った蝶野さんは「海賊がいるのかと思ったよ!」と笑います。

蝶野さんに負けず劣らずの体格の丹治さん。実は、震災後にボランティアで気仙沼を訪れ、移住を決めたのだそう。その理由を聞くと「気仙沼は、とにかく人があったかいんですよ。もともと僕は自動車の設計をしていたんですけれど、ビール好きが高じてブリュワーになって。気仙沼でブルワリーがオープンするということをFacebookで見つけて、これは行くしかない!って思ったんですよ」と教えてくれました。

そんな丹治さんに「本当は素敵な女性がいたんじゃないの?」と突っ込む蝶野さん。丹治さんは「それならいいんですけど。おかげさまで、おじさま方からかわいがっていただいています」と笑います。

BLACK TIDE BREWINGの丹治和也さん(写真左)とジェームズ・ワトニーさん(写真右)。

お二人が談笑していると、ビールの仕込みを終えた工場長のジェームズ・ワトニーさんが「ハロー!」と顔を出し、「よかったら、工場の中にどうぞ」と案内してくれました。

「ここではどんなスタイルのビールを作っているんですか?」と問いかける蝶野さんにジェームズさんは「僕はアメリカのポートランド出身なので、アメリカンスタイルのものが多いです。ホップの香りが強いものが主流かな」と話してくれました。

工場は、店舗の横に隣接されています。

そして「おいしいビールを作る秘訣は?」と聞くと、丹治さんとジェームズさんはお互いの顔を見合わせながら「髭?」と笑いあいました。

俺は、今日初めて
本来の気仙沼の姿を見たのかも。

久しぶりの気仙沼で様々な「人」に出会った蝶野さん。

「丹治さんも言ってたけど、気仙沼は『人』ですね。あったかくてパワフル。俺、震災から数年間、気仙沼に通っていたけれど、どうしてもそのときは『被災地、被災された方』っていう風にしか見ていなかったのかもしれない。今日、本来の気仙沼の姿を見られたのかな、と思います」。そう言って、蝶野さんは大きな変化を遂げたまちを後にしました。

【ここに注目! NOW IS.EYE’S】

7月18日、気仙沼市内湾地区に「ないわん」がグランドオープンしました。これは、「迎(ムカエル)」「結(ユワエル)」「拓(ヒラケル)」「創(ウマレル)」の4つの商業観光施設の総称。気仙沼観光の拠点となりそうです。


蝶野正洋(ちょうの まさひろ)
1963年生まれ。東京都三鷹市出身。プロレスラー、タレント。近年では「AEDを使った救急救命」と「地域防災」の啓発活動に力を入れている。東日本大震災の後は、避難所へ支援物資を届けたほか、チャリティーマッチや被災地訪問も行った。