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復興取材レポート

【復興インタビュー】大沼農園

リアス式海岸と美しい里山の景観が自慢の南三陸町に、20歳の若さで農園を開いた女性がいます。それが、大沼ほのかさんです。家業でもなかった農業に、なぜ大沼さんは身を捧げることになったのでしょうか。そこには、大好きなふるさとへの想いと旺盛な探求心がありました。

震災をきっかけに
父は長年の夢を叶えることを決意

震災当時、小学校6年生だったという大沼さん。「当時、歌津にある小学校に通っていて、まちが流されていくのを見ながら、低学年の子の手を引っ張って避難したのを憶えています。子どもだったので、もちろん怖かったですし、誰かが泣くと周りも泣き出す…っていう状況で。私の家は、中心部の商店街にあったんですけれど、そこも壊滅してしまいました」と、当時を振り返ります。
大沼さんは避難所となった小学校の体育館で1週間を家族と過ごし、その後は気仙沼の親せきのもとに身を寄せました。「中学生になって、1週間くらい気仙沼の中学校に通ったのですが、仮設住宅に入れなかったこともあって、思い切って北海道江別市に引っ越しをすることになりました」。

大沼さんのお父さんは震災当時サラリーマンでしたが、「これを機に、思い切ってやりたかったことをやってみよう」と、養鶏所を始めることを決意。南三陸町で養鶏所を始めるべく、準備を始めます。しかしながら前職は養鶏とはまるで関係ない仕事だったそうで、養鶏所だった理由を尋ねると「昔からムツゴロウさんとか『人生の楽園』のような番組が好きで。そういうのに憧れていたのかもしれないですね」と話します。さらに、「母が2004年から自然卵を使用したクレープの移動販売をしていたんです。『いつかは自分のところで取れた自然卵を使いたい』なんて話もしていたから、それもあったのかもしれません。でも、普通は卵を作ってからお菓子に行くと思うんですけど、うちの場合はお菓子から卵に…っていう逆のパターン。これもまたうちらしいかな」と大沼さんは笑います。

「一次産業を捨てた国は亡びる」
その一言が人生を変えた

中学校3年生のときに南三陸町に戻ってきた大沼さん。気仙沼の高校に進学し、4年制大学を目指して勉強していた高校3年生のときに、人生を大きく変える一言に出合いました。「やりたいことよく分かっていなくて、なんとなく経済を勉強したいかも…くらいの気持ちだったんです。受験期の中でも割と後半の11月に受けたセミナーで、地理の先生が『一次産業を捨てた国は亡びる』と言ったんです。もうそれが衝撃的でした。私が、今まできれいだなと思ってきた田園風景、里山の風景って農家さんが維持しているんだよな…って。そのときに、農業をやりたい!と思ったんです。思ったら即実行で、その日に進路先を探して名取の農業大学校に進むことにしました」。

農業大学校の面接では「南三陸町で栗園をやりたい」と言ったという大沼さん。「栗が大好きだっていうのももちろんあるんですけど、子どもの頃町営の栗園に栗拾いに行った思い出があって。そういう場所を作りたいなって思ったんです」。

そして農業大学校に通う2年間、毎週南三陸町に通いながら農地を探しました。「一番大変だったのが農地探しです。農地バンクに行っていい条件のところがあってもオーナーと連絡がつかなかったりして。そんな中、一か月の農家研修に入ったんです。それが入谷の阿部博之さんで、今では私の師匠なんですが、ある日博之さんに『こういう農地を探してるんです』って相談したら、『あるよ』ってあっさり(笑)。その時に『農業は人とのつながりが大事だよ』とおっしゃっていたのが分かりましたね」。

人が癒される場所をつくること
それが、直近の目標

大学卒業の翌日には就農していたという大沼さん。一般的な新規就農者であれば、大学卒業後、2年間の農家研修を行ってから…というのが碇石。しかしながら大沼さんは「私がやりたいのが果樹なので、どうしても育成時間がかかるんです。農家カフェもやりたかったので、その2年をスキップしちゃいました(笑)。私の親からの教えが『時間は何よりも大事にしろ』なので、急げるなら急ごうと思って」。

現在は、栗をはじめブルーベリー、桃などの果樹を育てています。「農園カフェを2024年にオープンするというのを目標にしています。あと、500円払えば3時間自由に過ごせるような果樹園にしたいな、と思っているんです。その3時間は栗拾いしてもいいし、ギター弾いてもいいし、仕事してもいいし。青空の下で自由に過ごせる、人を癒せる場所にしたいんですよね。自粛で家にこもらなきゃいけない毎日の反動が来ると思ってるので、そのときのひとつの選択肢になればいいな」。

大沼さんから伝わってくるのは、南三陸町と農業へのあふれんばかりの愛。「黙々と作業している農家さんってすごくカッコいいじゃないですか。しかも、ここの農家さんたちは『どうやったら若い人がここに来てくれるんだろう』と、次世代を育てようとしてくれているんです。だから私はこの場所で農業を楽しんで、ちゃんとお金も稼いで、ロールモデルになれるようにしたい。そして今頑張って頂いている世代が農業人生を終えるときに、『ここには、あいつらがいるから大丈夫』と安心して勇退できるようにしたいんです」。

農業を楽しそうに、キラキラした表情で語る大沼さんは、間違いなく南三陸町の宝。きっと彼女の笑顔は、若い人たちを町に呼び込む大きな力になることでしょう。

大沼農園

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