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復興取材レポート

【復興インタビュー】一般社団法人復興みなさん会

南三陸町で、東日本大震災からの復興に向けたコミュニティづくりに取り組む「復興みなさん会」。町民自ら取り組む多様な形のコミュニティ活動について、代表の後藤一磨さんはじめ、会員のみなさんにお話を伺いました。

町民による、町民のためのコミュニティ支援

後藤さんをはじめ、宮城大学が配置した4名の復興まちづくり推進員が中心となり、「復興みなさん会」としての活動がスタートしたのは2011年10月のこと。自らも仮設住宅に入居しながら、町民の声を丁寧に聞き取り、仮設住宅で今起きていることの中から課題を見つけ、コミュニティづくりや「南三陸復興まちづくり通信」などの情報発信活動に取り組んできました。宮城大学による支援が終了した2014年以降も、一般社団法人として活動を続けています。

「復興みなさん会」の最初の取組は、「仮設住宅マップ」の制作でした。避難所から二次避難所、仮設住宅と生活の拠点が移っていく中で、それまでのコミュニティは崩壊。個人情報保護の観点から入居者情報は公開されることなく、どこに誰が住んでいるのか分からない状態だったと言います。そこで一軒一軒仮設住宅を訪問して聞き取り調査を行い、掲載許可が得られた世帯について、世帯主の名前と元の集落・地区名を記載したマップを制作し、住民に配りました。

仮設住宅への入居が落ち着いた頃からは震災について学ぶワークショップ「復興てらこ屋」の活動もスタート。最初は、分散避難により参加者を集めるのに苦労しましたが、「お茶会」や「緑のカーテンづくり」など楽しい活動をしてから震災や復興について考える時間を設ける構成にし、ハードの復興に関心が薄い方も気軽に参加できるように工夫。時には町の担当者を招き、復興状況についての正しい情報を得て、建設的な意見交換を行う場にもなりました。

そのこの取組は、復興公営住宅のコミュニティづくりにも生かされました。町役場主催による復興公営住宅入居予定者向けの「くらしの懇談会」では、いくつかのテーブルに分けるなど話しやすくなる環境を整え、住民同士の交流はもちろん、住宅の間取りやペットの問題、集会所のレイアウトなど、積極的な意見交換が行われ、一部は実際の住宅に反映されました。

人と人が支え合う、魅力あるまちづくりを

南三陸町は今、復興公営住宅への入居も完了し、それぞれの自治会も設立され、一つの区切りがついたようにも見えますが、「復興みなさん会」としては課題も感じていると言います。例えば、自家用車以外の移動手段は十分とは言えず、特に車を運転できなくなった高齢者や町外の学校に通う高校生には不便であったり、新しい病院が整備されたものの、多くの患者が出た場合の地域医療に不安を感じていたり、若い人を呼び込もうにも働き口の確保が難しかったり―。後藤さんは「ここに暮らしたいと思えるまちの魅力づくりが課題ですね」と話します。

2019年秋には「震災復興祈念公園」も一部開園。「復興みなさん会」では、それをただの震災の祈念公園ではなく、自分たちの公園として積極的に関わることに取り組み始めています。2012年から続けてきた「椿の避難路づくり」で育てた苗木43本を寄付して、町民みんなで植える計画もその一つ。「一つひとつの活動は些細なものでも、いろいろな世代の人が集まり、どんなまちにしていきたいか、未来を描くきっかけづくりになれば…」と後藤さんは話します。震災前は自分たちでまちづくりを考えることもなく、行政にほぼ頼っていたと話す会員たち。“住民力”をあげて、行政と協力しながら、地域の暮らしを支えてきた人と人とのつながり、コミュニティの絆を再び強くしていく活動は、今後より一層大切になっていくはずです。

一般社団法人復興みなさん会

http://tohokuconso.org/common/minasan/