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宮城県
復興取材レポート

【南三陸】
ふるさとを愛する 強い気持ちがつくる 新しいまちの魅力。

>>「NOW IS.対談 in 南三陸さとう宗幸さん × 株式会社南三陸まちづくり未来 佐藤潤也さん」はこちら

ミュージアムの企画を主導する髙橋直哉さんと。

商店街のきっかけに
なった「福興市」。

夕方の情報番組の司会として、南三陸町の復興をずっと見てきたさとうさん。

対談の後、「福興市(ふっこういち)」の話題に。
「震災後最初の福興市の時、番組のみんなで取材に来たんだよ。あの時期にこんなに人が!って驚いた」。

うなずく佐藤さん。
「最初は売るものがなかったんだよ、と今でもよく当時の話を聞かされます。福興市は、南三陸さんさん商店街が始まるきっかけにもなったので、思い入れが深いんですよね。今年、4月に100回目を迎えるはずだったのですが、延期になって…」。

「そうか、続けられたらいいですね」とさとうさん。

「ああ、これ好きなんだよな」と海産物を手に取るさとうさん。

商店の軒先に干してあった鮭。

あの日を思い返す
静かな祈りの場。

南三陸さんさん商店街をぐるりと回り、次の目的地は「南三陸町震災復興祈念公園」。
商店街とは南三陸杉を使った「中橋」という橋でつながっています。

「祈りの空間につながる神聖な太鼓橋と千本鳥居をイメージして隈研吾さんがデザインした橋です」と話すのは、南三陸町建設課の及川幸弘さんです。

デザインと強度を両立させる丸い鋼パイプをベースに、町の特産であるFSC認証の南三陸杉を用いた中橋。
さとうさんは歩きながら「これはおもしろいな」とつぶやきます。

二階建てのような構造になっている中橋。「すごい構造だなあ」とさとうさん。

橋を渡り、公園の中央に位置する築山を登ります。高さ20mの頂上には、震災で亡くなった方々の名簿が納められた名簿安置の碑がありました。

「この築山は、緊急時の一時的な避難丘としての役割も持っているんです。ベンチには一晩過ごすための毛布や水などが備蓄してあります。祈る場であるとともに、命を守る場にもなるんです」と及川さん。

南三陸町震災復興祈念公園の築山にのぼるスロープは「記憶のみち」。地震発生からの時間の経過をたどることができます。

築山を降りると、正面に「旧防災対策庁舎」の姿が。赤い鉄骨だけが残されたこの建物には、約16mの津波が押し寄せ、43名の方々が亡くなりました。

「つらい記憶を思い出すから、この建物を見たくないという方もいる一方、震災の記憶と教訓を継承するために残すべきという方もいます。私自身は、ここに来ると目が潤んできます。現在この建物は2031年まで県の管理になっていて、その期間中に南三陸町として保存するかどうかを決めることになっています。こればかりは多数決で決めるような簡単な話ではありませんので、議論を重ねる必要があると思っています」。

鉄骨だけが残る「旧防災対策庁舎」。案内板には庁舎のかつての姿が描かれています。

及川さんの説明を聞き、「簡単には決められないことですね」とさとうさん。
屋上を見上げながら、静かに手を合わせました。

化石で南三陸に
新しい魅力を。

南三陸町震災復興祈念公園をあとにして、次に向かったのは、「みなみさんりく発掘ミュージアム」。

ミュージアムを管理する髙橋直哉さんが笑顔で迎えてくれました。
髙橋さんの本職は、歌津地区でホタテなどの養殖を営む漁師です。釣り体験などのブルーツーリズムを通して観光客を受け入れるなか、南三陸らしさを表現するために海や海産物以外の何かが必要だと感じ、この博物館の設立に至ったそうです。

「これが化石なんだ!へえ!」と覗き込むさとうさん。

「漁師なのに化石なんだ!前から化石が好きだったの?」とさとうさん。
「そうですね。歌津地区では2億6000万年前の地層を見ることができて、色々なところで化石を見つけられるんです。昔から化石を拾うのが好きだったんですが、景観保護などの法律がある関係で、発掘はできなくて。震災後、復興工事現場で新たな遺跡や化石が見つかって、化石が再注目されるようになったんです」と髙橋さん。
「次々に新しい発見があるんですよ。このキタカミカリス・ウタツエンシスは、日本最古の化石です」。

さとうさんは展示を覗き込みながら「すごい。これ、落ちてたら見逃しそうだ。どうして化石だって分かるの?」。
髙橋さんは「違和感があるんですよ」と笑います。

ミュージアムでは化石発掘体験も行っています。髙橋さんは「小学生が新種の化石を発見することもあって。結構見つけられるので、ぜひ体験してみてください!」と話してくれました。

髙橋さんが発掘した「ウタツギョリュウ」の歯の化石。

1日の行程を終え、「新しいまちづくりに取り組んでいる姿を見ることができました」とさとうさんは話します。

「まちとふるさとを愛しているというみなさんの想いを感じることができました。震災復興祈念公園もそうですし、化石とか、新しい魅力がたくさん出てきましたよね。震災では辛いことがたくさんあったけれど、苦しい、悲しいだけではなく、そういう歴史を持ちつつ、新しい時代に向かっているという勢いを感じました」。

さとうさんは力強いまなざしで話します。

「10年経ったからといって、それを節目に、とは考えたくない。実際に来てみると、まだまだ重機が動いているという事実がある。これからも支援を途切れさせないように、私自身も寄り添い続けたいと思いますし、発信し続けたいと強く感じました」。

【ここに注目! NOW IS.EYE’S】

「みなみさんりく発掘ミュージアム」は2019年の夏にオープン。農水産物直売所「みなさん館」の一部をリニューアルし、東北大学の協力を得て展示物を整備しました。化石発掘体験の申し込みは0226-36-2816まで。


さとう宗幸(さとう むねゆき)
1949年生まれ、大崎市出身。78年に「青葉城恋唄」でデビュー後、ミヤギテレビ「OH!バンデス」の司会など多方面で活躍。2005年に宮城県ゆかりの歌手らで「びっきの会」を設立し、チャリティ活動にも取り組む。