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宮城県
復興取材レポート

【亘理・山元】
語り部、マリンスポーツ、行方不明者捜索。それぞれの10年のかたち。

>>「NOW IS.対談 in 亘理・山元 鈴木京香さん × 語り部 井上剛さん」はこちら

亘理町B&G海洋センター艇庫を運営する「海族DMC」の代表太見洋介さんと。

問いかけから始まるガイド。
災害を自分ごとと捉える。

「震災遺構中浜小学校」の1階は津波の被害の跡をそのまま残しています。
部屋は天井や黒板まで剥がれ、松の木が入り込んだまま。

「直後はこの3倍はがれきがありました。自衛隊の人が清掃活動で少し撤去しましたが、それでもこの状態です」と井上さん。

校舎に入ってすぐのホール。がれきが残されています。

京香さんは、言葉少なにかつての教室を眺めます。

井上さんは、中庭の窓ガラスを指さし、こう問いかけました。
「ここには、天井まですっぽり水が入りました。それなのにガラスは割れていない。なぜでしょうか?」。

首をかしげる京香さん。

井上さんは続けます。
「考えられる答えは、入った水の圧力が一定だったから。でもこれは答えが大事なんじゃない。自分のこととして考えるのが大事なんです。普段の学びにつなげて考えれば、災害は他人事ではない。なぜこんな破壊が起きたんだろう、自分だったらどう避難するかな、と考えてほしい」。

前を見据えた井上さんの目を覗き込みながら、京香さんはうなずきます。

「私は、どんな人にも経験してほしくない経験をした。だから語るんだと思います」と井上さん。

階段を上がり2階に行くと、展示室があります。
そこには、地域のみんなでワークショップをしてつくった、震災前の山元町を表現したジオラマが。
「ここが学校。こだわってつくられているので、細かいでしょう。ほら、ターザンロープなんかもある」と井上さん。

京香さんは、「私、学ばなきゃという気持ちで来たんですが、学びだけではありませんね!」とつぶやきます。
「お話を伺っていると、ここで楽しく過ごしている子どもたちの姿が目に浮かぶようです」。

そうですね、と井上さん。「この前、見学を終えた子どもたちに、ほら、校庭走っていいよ!と言ってみたんです。子どもたちが校庭でキャーキャー騒ぎはじめたら、この遺構が、あの頃のように、活き活きし始めたように見えました。ああ、ここは姿を変えても学校なんだな、と思いました」。

「やっぱり足を運んでみることが大事なんですね」。
見学を終えた京香さんは話します。
「屋上で避難していた時の苦しさを肌で感じたのは事実ですが、震災以前、どんな学校だったかも感じることができました。足を運ぶのが怖い気持ちもあるかもしれないけど、遠ざけておくのはもったいない。時には笑いながら井上さんのお話を聞けて、とってもいい時間でした」。

「震災遺構中浜小学校」の校庭には日時計のモニュメントが。3月11日にだけぴったり合う目盛りが刻んであります。

安全に遊んで、
海は楽しい!と感じて。

亘理町B&G海洋センターのすぐそばにある浮桟橋でカヌーを見ながら。

次はお隣の亘理町へ。
「亘理町B&G海洋センター艇庫」を訪れました。鳥の海でマリンレジャーを楽しめる拠点施設です。

「子どもたちに安全なマリンスポーツを提供して、海って楽しいなと感じてもらいたいですね」と話すのは艇庫を運営する海族DMC代表の太見洋介さん。カヌー、サップ、ヨットや釣り具、サイドカー付きのバイクなど、レジャーアイテムが並ぶ海辺のガレージを案内してくれました。

「コロナ禍の昨年は年間4,500人が訪れました。県内外の修学旅行生や水辺の安全教室など団体利用も増えています。海の魅力を肌で感じた子どもたちの楽しかったーという声が、とてもうれしいんです」。

鳥の海でサップを楽しむ家族。歓声が聞こえてきそう。

印象に残っているのは、被災沿岸部に住む子どもが遊びに来た時のことだと言います。
「はじめて海に来た!って言うんです。楽しかったって。親がまだ海に抵抗がある家庭も、多いんでしょうね」。

そうなんですねと京香さん。
「親御さんはまだ心が痛むでしょうが…。子どもにそういう経験をさせてあげられるのは、とてもいいことですね」。

太見さんは、マリンスポーツを安全に楽しんでもらうことにも注力し、宮城県海上保安部のマリンレジャー安全活動団体認証も取得しています。

自らも被災した太見さんは、ボランティアでもうひとつの取組をしています。
それが水中ドローンを活用した行方不明者の捜索活動です。

「私は30年前、当時小学2年生だった弟を亡くしました。津波でお子さんやご家族を失った方の姿を見ていると、あの時の悲しさが重なるんです」。

これまで、8組のご家族の依頼を受けて捜索にあたりました。年々、ご遺体や遺品が見つかることは少なくなっています。
「それでも捜索することで親御さんの心に寄り添えるかもしれない。悲しんでいる人にそっと手を差し伸べる活動を続けていきたいと思います」。

太見さん自ら冬の海に潜り、水中ドローンを活用した行方不明捜索活動の様子。

太見さんは前を見ています。
「10年経っても通過点に過ぎない。亘理町の復興はハードが整備されるとともに、これからは人やにぎわいをどう呼び戻すかだと思うんです。B&Gが楽しい施設だと認知されるようになれば、人が集まり、周辺地域もにぎわう。町全体の活気のために、そういう役割を担っていきたいと思っています」。

「新しい希望をお持ちなんですね」と京香さん。「これからも続く復興の道筋を進むパワーは、こういうところで生まれているんですね」。

長い10年。震災への想いは
今でも言葉にできない。

京香さんは、震災からの10年を振り返り、「いろんな気持ちがあった10年でした。長かったな」と話します。
「震災当時、宮城にいられなかったことに、私は今も後ろめたさのようなものを感じていました。私を育ててくれたふるさとが大変な時に、何もできなかったんじゃないかと。あの時からずっと思っています。震災は、今でも私にとって、簡単に語れない大きなことなんです」。

京香さんは、今、宮城が舞台の連続テレビ小説「おかえりモネ」の撮影を行っている最中です。

「大変だったことを思い出すシーンもあるかもしれない。でも、ちょっと力がつくような、新しい気持ちも生まれるような、そんなドラマにできたらいいと思っています」。

【ここに注目! NOW IS.EYE’S】

震災後、2018年5月に再オープン。手ぶらでカヌーやサップなどのマリンスポーツを楽しめます。中でもペットと乗れるカヌーは、SNSで人気に。海が荒れているときは、バイクや自転車で亘理の沿岸部を巡るツアーも可能。


鈴木京香(すずき きょうか)
1968年生まれ、宮城県出身。仙台の大学在学中に女優デビュー。NHK朝の連続テレビ小説『君の名は』主演をはじめ、数多くの作品に出演。気仙沼市と登米市を舞台にした2021年度のNHK連続テレビ小説『おかえりモネ』では、ヒロインの母を演じる。