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河北新報による復興に関する記事

日本大震災/迫る波、町をのむ/押し流される住宅・船/宮城・女川

※下記記事は2011年3月13日に河北新報朝刊に掲載された記事です。掲載している数値などについては、現在の数値は異なる可能性があります。

 津波に巻き込まれた家屋が、車が、樹木が次々と役場庁舎にぶつかる。そのたびに鈍い震動ときしむ音が聞こえる。夢中でシャッターを押す。「死ぬかもしれない」。本気でそう思った。
11日午後3時すぎ。宮城県女川町役場の屋上。真っ二つに割れた民家、横倒しになった漁船、鉄筋のビルまでもがこちらに向かってくる。
 町議会定例会を取材していた。突然の地鳴り。議場が大きく揺れた。いったん外に出る。「(津波が)小屋取(浜)を超えたぞ」という声。また役場に駆け込んだ。職員や住民ら約70人がいた。4階のベランダに出たときに白波が現れ、あっという間に4階まで水が迫ってきた。避難ばしごで屋上に行った。 降り始めた横殴りの雪が体を冷やす。役場裏にある無傷の2軒の民家に移動。70人が二手に分かれる。「全部なくなってしまった」。51年前のチリ地震津波を経験した女性がつぶやいた。
 朝。目の前に美しい女川のまちはなかった。高台にある町立病院を目指す。1階は泥まみれ。車椅子のまま溺れかけた患者もいたという。
 町民から自転車を借り、石巻市を目指した。2時間後にたどり着いたものの中心部は水没していた。知り合いの車で昼すぎに仙台に着いた。一つのまちが消えた事実をどうしても伝えたかった。(三陸河北新報社・佐藤紀生)

激流と化した津波。次々とのみ込んだ車ごと押し寄せた=11日午後3時35分ごろ、宮城県女川町の町役場屋上から撮影

激流と化した津波。次々とのみ込んだ車ごと押し寄せた=11日午後3時35分ごろ、宮城県女川町の町役場屋上から撮影

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