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河北新報による復興に関する記事

東日本大震災/消防団「一人でも早く」/使命感支えに捜索/仙台・若林

※下記記事は2011年4月28日に河北新報朝刊に掲載された記事です。掲載している数値などについては、現在の数値と異なる可能性があります。

仙台市東部の沿岸地域で、地元の消防団員たちが連日、大津波でさらわれた行方不明者の捜索を続けている。団員の中には、自宅が被災したり、仲間を失ったりした人もいる。東日本大震災の発生から28日で「四十九日」。団員たちは変わり果てた地元の景色と向き合い、活動に全力を傾ける。
若林区荒浜地区の南長沼では27日、消防隊員と団員計7人がボートに乗り、捜索を行った。助かった地元の人の証言で、津波に巻き込まれた多くの人が流されていたという場所だ。
沼は黒く濁り、泥水やヘドロ、油が混ざった異臭が鼻を突く。団員たちは、がれきや廃材が散乱する間を縫って進み、注意深く様子をうかがう。午前10時前、女性の遺体を発見した。
若林消防団長の佐藤守行さん(62)は言った。「一人でも早く見つけ出すという使命感が、団員の活動を支えている」
現場で指揮を執る若林消防署警防課の渡辺薫消防司令(46)は「震災直後の現場は一面がれき。地元の地理に詳しい団員の力は大きな頼りになっている」と話す。
若林消防団は団員367人。消防隊員と不眠不休で人命救助、不明者の捜索、避難誘導に当たってきた。自宅が津波の被害に遭った団員も多い。避難所から捜索現場に通う団員もいる。
震災があった3月11日、脚の悪い高齢者を指定避難所の荒浜小に誘導していた七郷分団員の和地克倫さん(31)が、津波にのみ込まれて殉職した。
佐藤さんは、捜索活動の拠点である若林消防署で、その日の活動方針や団員の無事を一日も休まず確認する。
地区の仲間を失う悲しみは、二度と繰り返したくない。「団員の命と安全を守り、捜索を続けることが責務」と強く感じるためだ。
多くの団員が仕事を再開し生活を立て直す時期を迎えているが、全団員が配備に就く「要事配備」は現在も続く。
佐藤さんは「災害からは誰も逃げられないが、地域を守るためには誰かが立ち向かわないといけない」と強調した。(長門紀穂子)

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大量のがれきが残る若林区の南長沼で、行方不明者を捜索する消防団員ら=27日午前11時40分ごろ