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河北新報による復興に関する記事

東日本大震災/津波暴威、地区壊滅/「見捨てないでくれ」/宮城・山元町

※下記記事は2011年3月22日に河北新報朝刊に掲載された記事です。掲載している数値などについては、現在の数値は異なる可能性があります。

福島との県境にある宮城県山元町坂元地区は、海岸の約2キロ西側を南北に走る国道6号を越えて津波が押し寄せ、民家などに壊滅的な被害が出た。
町北部は常磐自動車道が堤防となったのに対し、常磐道が延伸していない町南部の坂元地区は被害が広範囲に及んだ。JR常磐線坂元駅は駅舎を失い、線路がホームの先でひしゃげていた。
漁業大石梅雄さん(68)は坂元地区内の磯浜漁港で地震に遭った。引き潮の大きさから、沖に出るよりも近くの建物の屋上に逃げようと決めた。
大石さんは「波は先に相馬の方から、続いて三陸の方からきた。高さは20メートルはあったはず。1隻だけ沖に向かった船は駄目だった」と振り返る。
坂元地区はほぼ全員が住宅を失い避難所生活を送る。副区長磯部正一さん(69)は「今後この地区に人が残ってくれるのだろうか」と心配する。
山元町は東日本大震災で350人近くが死亡、約500人が行方不明。
「三陸の被害ばかり注目されているが、山元もひどい被害だ。見捨てないでくれ」。避難所となっている坂元中で、男性が悲痛な声で訴えた。(勅使河原奨治、関川洋平)

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JR常磐線坂元駅(左)から西側の広い地域まで津波が押し寄せた=21日、宮城県山元町坂元地区

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