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宮城県
復興取材レポート

震災にピュアに向き合う人々に会う。木村拓哉さんと東松島へ。

松島基地司令松尾洋介さん、ブルーインパルスとともに

もう一度出会う ブルーインパルス

車窓から山並みが遠くに見えます。

「ああ、この景色。なつかしいな」。

薄く雲がかかった暑い一日、木村拓哉さんと東松島市に向かいました。

木村さんは2009年にテレビ番組の企画で松島基地を訪れ、ブルーインパルスに搭乗しています。
「アクロバットしても酔わなくて、本職のパイロットのようだと驚かれた。そのとき操縦してくれたパイロットとは、今もメールする仲です」と木村さんは少し誇らしげ。

「また来れてうれしい。今日はこれが通行許可証だと思って持って来たんだ」。
そう言って、ブルーインパルスのマークが入ったキャップを被ってみせてくれました。

松島基地は、津波で大きな被害を受けました。
ブルーインパルスは九州のイベントに出ていて被害を逃れたものの、戦闘機や車両は水に浸かり、使えなくなってしまいました。
震災後、基地は一部をかさ上げし、防潮堤の役割も担います。

「本来、周辺地域に向かうべきだった救助車両も、津波で使えなくなってしまった。今は、基地のなかでも特に高い所に駐車しています」と、松尾洋介司令。震災当時は九州で勤務していました。
「大変な時期に松島基地に行けないのが辛かった。でもだからこそ、自分たちはできる限りの後方支援をしようと」。

時折、離陸する飛行機の大きな音に会話が途切れます。
あっという間に空の奥に吸い込まれる機体。

「ようやくブルーを戻せる環境が整い、松島基地に機体が帰ってきたとき、東松島の地元の方が泣いて迎えてくれたんです。それを見て、ああ、ブルーは地域のものなんだと感じました。自分たちは地域の方々とともにあるんです」。

気負わず、しかし決意を秘めて話す松尾司令の言葉に、耳を傾ける木村さん。
「考えすぎだったのかもしれないなぁ」とつぶやきます。

「前に来てから今までの間にすごく大変なことがあった。心配でも足を運べない状況にあるなかで、自分はいろんな情報を聞きすぎて、考えすぎていたと思います。実際にここで踏ん張ってきた松島基地の方々は、すごくピュアに自分のやることを信じている。これが、ここで生きる人たちの本当の姿なんだと思いました」。

大学生が語る 未来への足し算

松島基地を後にし、旧野蒜駅へ。
被災したプラットホームがそのまま保存され、慰霊碑が建てられています。

木村さんは「こういう場があるのは大事だな」と静かに手を合わせます。

「地域の人たちにとっては、ここも普段の生活の場所で。その空間に被災した駅を残せる強さ、すごいなと思う」。

東松島市東日本大震災復興祈念公園 東松島で亡くなった方やゆかりのある犠牲者1099人の名前が刻まれている慰霊碑の前で手を合わせる木村さん。

旧野蒜小学校では、「TTT」の小山綾さんと齋藤茉弥乃さんが迎えてくれました。

語り部ガイドグループTTTの小山綾さんと齋藤茉弥乃さんと一緒に、旧野蒜小学校「キボッチャ」の前で。

「TTT」は東松島市内で当時小学生だった女子たちの語り部ガイドグループ。
大学に通う傍ら、視察団体を案内したり、講演会を行ったりしています。

震災当時6年生だった2人。ほぼ最年少の語り部です。

一行はまず、齋藤さんの案内で当時住んでいた自宅周辺へ。
すべて津波で流され、今は更地。雑草ばかりが生い茂る跡地で「この辺りにはこんな店があって、買い物に行った」「海鮮がたっぷりのったラーメン店があった」と臨場感たっぷりに思い出を話してくれます。
微笑みながらうなずく木村さん。

取材途中で立ち寄った野蒜の海で。釣り人と「何釣れるの?ヒラメ?」と会話が弾む。

最後にまた旧野蒜小学校に戻り、震災の日、自分たちがどういう行動をとったか話してくれました。

「私たちは、震災や地震を経験していない人たちを『未災者』と言っています。日本は地震が多い国。わたしたちの話で現実感を持ってもらい、防災・減災に活かしてほしい」と齋藤さん。

小山さんは「語り部を始めたときは、泣いてしまって話せないこともあった。でも今はもう大丈夫です。旧野蒜小学校はKIBOTCHA(キボッチャ)という防災体験型宿泊施設になりました。私たち、今そこでバイトしてるんですよ」。
「バイトしてるっていいなぁ」と木村さん。

「過去を語るだけじゃなく、足し算の気持ちを聞けたのがとてもうれしかった。それに『未災者』という言葉にも、感じる部分がすごくありました。自分が考えすぎていたのも、未災者だからなのかって。基地の方々もTTTの2人も、日常の中で生まれた推進力で生きている。この場所に生きる強さを、今日、感じることができて、とてもよかったと思います」。
(文責・沼田佐和子)

木村 拓哉
1972年東京都生まれ。ジャニーズ事務所所属。俳優、タレントとして活動。東日本大震災後はCMのロケなどで東北を訪れたほか、チャリティ活動などを通して被災地を支援してきた。