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宮城県
復興取材レポート

老舗の工場も新しい取り組みも。山元町をティーナ・カリーナさんと。


被災した土地だからこそ生まれた復興芝生

「わあ!ひろーい!きれい!」。秋晴れの青空に一面の芝生。目が覚めるようなコントラストに、車を降りたティーナ・カリーナさんは声を上げます。

この日のスタートは「復興芝生」の畑。被災した土地を活用して芝生を栽培しています。「山元で芝生をつくっているなんて知らなかった。

この景色、津波がきた場所だなんて、思えないですね」。

芝生の生産がスタートしたのは、平成24年4月。「惨状を見たときは涙も出なかった。でも1年たって何かしようと思って。ミネラルを必要とする芝生だったらと思って、種をまいたんです」。

そう話すのは、復興芝生を運営する東日本復興芝生生産組合の大坪征一社長。

「除塩していない畑でもちゃんと芝が成長したんです。周囲に日光をさえぎるものがなかったのも幸いしました。皮肉なことですけどね」。

地下水を汲み上げるポンプ。海岸からほど近く、海抜が低いので、ミネラルを含んだ豊富な地下水が芝生の成長を促しています。

平成26年に初出荷。宮城スタジアムや豊田スタジアムでも採用が決まりました。

畑を案内してくれた圃場長の大坪丈幸さんは「いい芝生でしょう。こうなるまでにすごく手間がかかるんですけどね。専門家の意見を聞きながら、ここまで育てました」と誇らしげ。

ティーナさんは「こんなに愛情かけて育てられてるなんて。芝生を見る目が変わりそう」と目を輝かせます。

もっと自慢して!新しい山元町の魅力
次に訪れたのは、ブドウ液「マルタのきぶどう」で知られる大正7年創業の田所食品。山元町では昔からブドウの生産が盛んです。

「濃厚なのに、飲んだあとはさわやか」とティーナ・カリーナさん。

ティーナさんは「これ大好きなんです!酸味があって、とっても濃厚!」とうれしそうにグラスを傾けます。

社長の田所さんは「グラスに紫色が残るでしょう。これが濃さの証拠なんです。絞ってから2年寝かせるんですよ」。震災の時は、津波で流された熟成タンクを回収して歩いたそう。「近くに新しい駅もできましたし、直売所も開業する予定です。収穫体験もやりたいですね」。田所さんはイキイキとそう話してくれました。

震災後、新たに栽培しているシャインマスカット。

ティーナさんは大阪出身。仙台の音楽事務所に所属するため、平成24年3月に引っ越してきました。

「不安がなかったかって、よく聞かれるんですけど、私には希望の土地のように見えました。そこから5年活動して、いろいろな人と出会えば出会うほど、ここに来る意味があったなと思うんです。ご縁は間違ってなかったって」。

新しい山元駅のそば「つばめの杜ひだまりホール」は避難所を兼ねた施設です。

多くの住民が移転した新たな土地で、町民の安全とにぎわいを生み出しています。広い備蓄室や震災の記憶を伝えるホールを見学して「ここがあれば安心して暮らせますね」とティーナさん。

1Fのロビーでは、震災時の状況と市街地が完成するまでの様子などが展示されています。

「今日印象的だったのは、どなたも目をキラキラさせてるということ。本当に輝いてた。山元って、今たくさんの魅力が生まれてます。こんなにすごいまちなんだよって、自慢して、って思います」。執筆/沼田佐和子

 

ティーナ・カリーナ


大阪府出身のシンガーソングライター。東日本大震災後まもない時に、阪神・淡路大震災を経験した彼女の歌声が、復旧作業の日々を送っていた仙台のプロデューサーの心に響き、拠点を移す。大阪出身・仙台発信アーティストとして活動している。