みやぎ復興情報ポータルサイト
宮城県
復興取材レポート

歴史的建造物を、みんなが集まれる場所に。カフェ はれま 菊池 千尋さん

築140年の梁や柱を残した空間。古道具などの販売も。

陸奥之国一之宮(むつのくにいちのみや)・鹽竈神社(しおがまじんじゃ)の門前町として、そして東北屈指の港町として古くから栄えてきた塩竈市。ここに、地元の人をはじめ参拝客らがホッと一息つく素敵なカフェがあります。

その名も「カフェ はれま」。

明治初期に建てられた「旧えびや旅館」をリノベーションし、モダンで居心地のいいカフェに変身させたのは、自らを楽し気に“よそ者”と呼ぶ菊池千尋さんです。

多賀城市の出身で、30代のときに塩竈市に移住。震災後に関わったボランティア活動がきっかけで、カフェのオーナーになったという菊池さん。
和服に身を包み、小柄ながらとてもパワフルで明るく活動する菊池さんに、これまでのこと、そしてこれからのことを伺いました。

この街のよさを後世に伝えていきたい

陸奥之国一宮・鹽竈神社の表参道からほど近い場所に、明治時代からの建造物で築140年の旅籠遺構「旧ゑびや旅館」を改修してできた「カフェ はれま」はあります。

塩竈神社の近く、昔ながらの面影を残すエリア。

1876年の明治天皇東北巡幸の際には、参議の大隈重信らが宿泊したこともある名旅館でした。
旅館を廃業した後は、茶舗として営業していましたが、東日本大震災による津波は、この歴史的建造物にも襲いかかりました。

もともとの老朽化に加え、浸水の被害を受けたことで、解体が決まります。
しかしながら、(特非)NPOみなとしほがまが保存運動を展開し、建物を購入。
経済産業省や宮城県の助成を得て改修し、2階、3階部分を「塩釜まちかど博物館」として公開することが決まり、菊池千尋さんが1階部分を借りてカフェを開くことになったのでした。

2、3階は旅館として使われていたころの面影を残す。天井画の鹽竈櫻。

「私は多賀城市の出身で、後から塩竈に引っ越してきた“よそ者”なんです。よそ者の目線で塩竈を歩くと、ここってすごく面白い場所なんですね。でも、鹽竈神社、旧亀井邸、佐浦さんや阿部勘さん、いろんな魅力が“点”で存在しているんだけど、そこをつなぎ“線”にする為のもうひとつの“点”になれたらいいな!と思っていて。なんか、ホッと落ち着いて休める場所が欲しいなってずっと思ってたんです」。

会社員生活を送りながらも、いつかは誰もが立ち寄れる場所を作りたい、そんな思いを抱えていた菊池さん。ちょうど、会社が早期退職者を募っていたこともあり、2010年の年末に退職を決意します。

そしてその数カ月後に起こったのが、あの震災でした。

「震災後、ボランティアセンターに登録して、泥搔きのお手伝いをしていたんです。ある日、海岸通りの元海産物仲卸商のお宅にお邪魔したら、古いお宝がたくさんあって。そのお家にまつわるいろいろなお話を伺いながら、なんて面白いんだろう!って思ったんです。それからですね。塩竈の歴史や文化にグッと興味がわいてきたのは」。

そんな中で、「旧ゑびや旅館」の保存運動にも参加。NPO法人が買い取ったその場所の1階を借り受け、カフェとしてオープンさせました。

さらに、「気軽に手にできる塩竈土産があったらいいなと思って」と、鹽竈神社の鹽竈桜をモチーフにしたストラップや手ぬぐいなどのグッズも開発。
古物商の免許も取得し、アンティークの食器などを販売しています。

「塩竈では再開発計画も進行中で、新しい定住人口を得ようとしています。私と同じように塩竈を面白がってくれる人が増えて、街のよさを伝えていってほしい。そのためにも、もう少しここでがんばらないと(笑)」。
小柄な体にたくさんの情熱を込めて、菊池さんは「カフェはれま」で雨のはれまを待つように、休息を求める人たちを迎えます―。

カフェ はれま
菊池 千尋さん
多賀城市出身。30代で塩竈市内に住居を購入したのをきっかけに移住。50歳になったときに早期退職をし、塩竈の街づくりにかかわるように。2016年に「カフェはれま」をオープン。