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宮城県
復興取材レポート

思い出をたどり、あしたへの芽吹きを知る。 パンサーの3人と東松島市へ。

今は草が生えるばかり少年の思い出の場所へ
夏、草生した旧野蒜駅。震災当時に貼られていたポスターが、今も新幹線はやぶさの開通を祝っています。「そう、このホーム。毎日ここから電車に乗って、サッカーの練習に通ってたんです。懐かしいなあ…」。

お笑い芸人、パンサーの尾形貴弘さんは、東松島市の野蒜出身。両親が暮らす実家は、旧野蒜駅からほど近い住宅地にありました。「ちょうど、あのあたりにありました」と更地の一角を指さします。「東京で津波のニュースを聞いて、ああ、両親はもうダメだな、と思いました」。

東松島市を襲った津波は住宅をのみ込み、死者・行方不明者は千人を越えました。「父は津波にのまれたものの、流れてきた屋根に上って助かりました。母も避難所で無事でした」。まさか、自分が住んでいたところが、と信じられない思いだったそうです。

「トロフィーも卒業証書も、何一つ残っていません。見つかったのは、庭の飾り石ひとつだけ」。震災後取り壊された母校の跡地にも足を運びました。「あの丘、覚えてる。あそこで悪い人たちが学校さぼったりね」。

東松島市震災復興伝承館 震災当時の映像を見る3人。生々しい証言に言葉を詰まらせます。

「東京にいると、被災地のことをニュースで見る機会も少なくなって。どんな現状なのか、自分の目で見るまで分かりませんでした」と話すのは、パンサーの向井慧さん。

「まだ全然、何にもないんだあ」と、風にゆれる草地を見つめました。

時間をかけてじっくり頑張る東松島を応援

農業生産法人「アグリードなるせ」では、バームクーヘンの工場を見学しました。「東松島でできた素材で、名物になるようなものを作りたいと思ってるんです。小麦の栽培も増やしてますよ」という社長の言葉に「すごい行動力!」と感心する尾形さん。

安部社長のすすめで、東松島産の素材で作られた「のびるバウム」や地ビールを。あまりのおいしさに感嘆の声が。

「宮野森小学校」では、尾形さんの同級生のお子さんにも出会い「地元で頑張って働いているんだなあ」と感慨深げ。

東松島市立宮野森小学校 校舎・体育館ともに東北の木材を使用した新しい小学校。「子どもたちが元気だとうれしい」と尾形さんは目を細めます。

旅の最後は、子どもの頃、夏休みに毎日通ったという月浜海岸へ。真っ青な海が出迎えてくれました。「うわあ、きれいすぎる!うらやましい子ども時代だな!」と向井さん。尾形さんは、どことなく自慢気です。

月浜海水浴場 昨年よりも整備が進み、より美しい姿に。「岩場から飛び込めるんですよ!」と尾形さん。

「山があって、川があって、こんなにきれいな海があって。東松島のふるさと復興大使として、こんなにいい場所なんだっていうのをピシッと伝えないと」。尾形さんは浜を歩きながら、そう話します。うんうん、とうなずく菅良太郎さん。

「家が建って、あんないい学校が建って、少しずつ良くなってる。ふるさとって、たかだが6年やそこらでできあがるもんじゃないからね」。

「今日、地元の人たちが頑張っている姿をたくさん見た。自分も負けないようにがんばらないとね」と尾形さん。「みんな、遊びに来てほしいですね」と笑顔で話してくれました。

パンサー

平成20年に尾形貴弘、菅良太郎、向井慧の3人で結成されたお笑いトリオ。東日本大震災の被災地支援チャリティーイベント『smile bazar』などにも精力的に出演。メンバーの尾形は東松島市野蒜出身で、平成29年「東松島ふるさと復興大使」に就任。