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復興取材レポート

思い出と未来がまじる“正しくない”地図。イラストレーター佐藤ジュンコさん

多く寄せられた海水浴場の思い出を描くジュンコさん。

仙台市の沿岸部、地下鉄荒井駅に併設した「せんだい3.11メモリアル交流館」。2階に上がると、壁いっぱいのカラフルなイラストマップが目に飛び込みます。津波で被災した地域を中心としたこの地図は、このエリアに思い出がある人、みんなで作っています。

まず、交流館を訪れた人が「ここで潮干狩りした」「渡し舟があった」など、思い出を付せんに書いて壁にペタッ。そして、その付せんを読み、イラストにするのがイラストレイターの佐藤ジュンコさんです。

「この地図を描き始めたとき、デザイナーの方に、ジュンコさんは正しい地図を書こうとしなくていいって言われたんです。失ったもの、みんなが残したくても残せなかったものを地図にしてほしいんです、って。思い出は、本当にあったこととずれているかもしれない。過去と今が混ざっているかもしれない。でも、そういう時間の層が一枚になっているのが、みんなの思い出の地図なんです」。

みんなの物語を聞きながらライブペイントで仕上げる
ジュンコさんがイラストレイターとして一本立ちしたのは2015年。東日本大震災が起きた2011年は、仙台市内の書店で働いていました。

「本棚がばたばた倒れて1ヵ月間営業できませんでした。その間、周りの人はボランティアに行ったりしていたのですが、私は、力が湧かなくて、何もできなかった。書店が再開して、働けるようになったあとも、あの時何もできなかった負い目が、ずっとあって、気持ちの底がモヤモヤしてたんです。だから、イラストマップのお話をいただいたとき、ああ、やっとできると思いました」。

このイラストマッププロジェクトがスタートしたのは2015年。「来館者の方が、沿岸部への思いや思い出を書いて貼った付せんがどんどん増えていきました。付せんがいっぱいになったため、ライブペインティングでイラストを追加しました。

「付せんを見ながら、こういう生活があったのかな、とか考えるのが楽しいんです。ここはどうやって描こうかな?と悩んでいると、通りがかったおばあちゃんが、昔はここでキノコ狩りしたんだっちゃねって教えてくれたり。こういう人がいたんだよ、とか、こういうことしたんだよ、とか物語を聞けるのがすごくよかったです」。

白いパネルに描かれた巨大なイラストマップ。来場者は思い出を自由に付せんに描いて貼れる。

今も未来も描ける変わっていくマップ
ジュンコさんは、絵を書いている途中で、不思議な感覚を覚えることがあるそうです。

「みんなの思い出が私自身の思い出になっていくような感覚になることがあるんです。私は、誰かにこの思い出を代筆して、届けたいな、って。この場所に誰がいて、何を食べて、どんな生活があって、今どんな営みがあるかということは、とっても伝わりにくいし、消えやすいことです。この地図を見て、ああ、こんな人が暮らしていたんだ、って気持ちがあったかくなったり、身近に感じたらいいな、と思っています」。

イラストマップに絵を書くきっかけになった書籍「オモイデピース」。この本にも震災の前の思い出が集められている。(交流館で閲覧可能)

過去だけでなく、今と未来も書けるのがこの地図の魅力だと言います。「この前のライブペイントでは、3.11オモイデツアーの絵を書きました。荒浜や蒲生を訪ね、住民の方と触れ合い、かつての営みを知ることのできるイベントです。日本一低い山・日和山の絵も追加しています。これからはこういう取り組みが増える度に新しい絵を描いていける。そういうふうに、この地図は、沿岸の街の変化に合わせて変わっていく地図になったらいいなぁ、と思うんです」。

イラストを描いた場所でも、まだ実際に行ったことがないところが多いそう。今年は、自分で歩いて行ってみたいなと思っていますと、人懐っこい笑顔を見せてくれました。

 

佐藤 ジュンコさん
1978年福島県生まれ。書店員時代、友達に配っていたフリーペーパー「月刊佐藤純子」がきっかけで、エッセイマンガやイラストの道へ。震災のころに考えたあれこれは、書籍『月刊佐藤純子』に詳しい。