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宮城県
復興取材レポート

塩竈の魅力が詰まったGAMA ROCKを平間至さんとめぐる。

GAMA ROCK 2018の会場。

GAMA ROCKはこれから何をしていくべきか

白・青・オレンジ、3色のフラッグを横目に歩みを進めると、どこからか音楽が聞こえてきます。

今日は「GAMA ROCK」の日。
ウキウキとした表情の人々が、会場の塩竈市みなと公園へと歩いていきます。

午前中の雨が止み、太陽の光が差し込む気持ちのいい午後。
野外音楽イベント「GAMA ROCK」の主催者で写真家の平間至さんに話を伺いました。

GAMA ROCKは、音楽・アート・食を通して、塩竈市の魅力を伝えることと、街が元気になることを願い開催されています。
こぢんまりとした公園の中央には特設ステージ。それを囲むようにフードやアートのブースが設置されています。
集まった人々は、芝生にシートを敷いて演奏を聞いたり、子どもとシャボン玉を飛ばしたり。
思い思いに過ごせるのがGAMAROCKの魅力です。

くつろぎながらGAMA ROCK を楽しむひとたち。

フードスペースでは、「がんばる浦戸の母ちゃん会」の「これ食べてって!」の元気な声に、平間さんは浦戸諸島で獲れた自慢の海苔や牡蠣の佃煮をパクリ。

「がんばる浦戸の母ちゃん会」のブースでは、かあちゃんたちが素材にこだわってつくった品々が並ぶ。

聴覚に障害があるパン職人が今年塩竈市にオープンさせた「花薫る喫茶処 蕾」のブースでは、マグロメンチカツバーガーを「おいしい」と笑顔で頬張る平間さんでした。

今年4月にオープンしたばかりの「花薫る喫茶処 蕾」。アーティストのみんなに差し入れを渡していました。

今年で7回目の開催となるGAMA ROCK。
「自分たちに何ができるのか、今回は原点に戻って考え直したGAMA ROCK でした」
と平間さんは話します。

「震災直後は、水や食料が足りないなど、支援がシンプルでした。7年半たって、仮設住宅に住む方、気持ちの面での復興が追いついていない方など、大変なことでも日常化していると感じています。一人一人支援の仕方が違いますし、複雑化しています。GAMA ROCKの必要性とは何だろうと考えました。自分たちの勢いだけじゃなくて『何をすべきか』を冷静にニュートラルな気持ちで考えたいなと」。

その考えを運営スタッフにも投げかけたという平間さん。
「そのこともあってか、今年はスタッフがこれまで以上に自主的に関わってくれました。そういう意味では、今回は新しいGAMA ROCKだったと思っています」。

離れて気がついた塩竈のいいところ

平間さんは、塩竈市出身。
活動拠点は東京都ですが、1998年から「ふれあいエスプ塩竈」で写真展を開催したり、2008年から「塩竈フォトフェスティバル」の実行委員長を務めたり、生まれ故郷で積極的に文化活動を続けています。

「東京は楽しいだろうと思って上京したものの、つまらなかったんです」と笑う平間さん。
塩竈市から離れて、地元のよさに気が付いたと話します。
「塩竈はまず、人がおもしろい。食べ物もおいしいし、鹽竈神社など歴史もある。東京より塩竈の方が楽しかったんです」。

東日本大震災直後の3月22日、平間さんは支援物資を持って塩竈市に向かいました。
その時に一緒に行ったのが、昨年NOW IS.で話を聞いたGAMA ROCK共同主催者のATSUSHI(Dragon Ash)さん。
「ATSUSHIは、継続的に支援を続けてくれるんじゃないかと、あのころから感じていました」。
平間さんはATSUSHIさんとともに、4月17日に炊き出しとライブを行いました。

「再会を喜んだ人たちの姿もたくさん目にしましたし、自殺を思いとどまった人がいたとも聞きました。音楽には、力がある」。 そう感じたと言う平間さん。

継続的に活動を続ける必要があると感じ、2012年に「GAMA ROCK」の開催を決めました。
「震災前から、市やまちの人たちから『音楽やアートのイベントを塩竈でやりたい』と聞いていたので、想いを叶えたいという気持ちもありました」。

会場にはイベントブースの他に、参加者が自由に色を足せるアート(手前)やアーティストの作品(奥)が設置されている。

これからも塩竈市の魅力を大勢の人たちに伝えたいという平間さん。
「音楽はもちろん、写真には人をつなげる力があります。写真は場所と時間を超えて人とつながるんです。GAMA ROCKもリピーターが多く、出会いや再会があって、写真でやっていることに近いんじゃないかな」。

会場入り口には、地元小学生の作品も。

スタッフも含めて、これからどうしていくか、みんなで模索していけばいいと言います。
「GAMA ROCKが復興や支援から独立して、いいフェスになってくれたら。何十年も続いて、誰かが調べた時に『震災がきっかけだったんだ』って知ってくれたらと思っています」。

そう平間さんは微笑みながら話してくれました。
(文責・沼田佐和子)


平間 至
1963年宮城県塩竈市生まれ。写真家。人物写真の枠を越えた躍動感のある作品で注目を集め、ミュージシャンを中心にさまざまな人を撮影している。2008年から「塩竈フォトフェスティバル」を企画するほか、さまざまな復興支援を行っている。