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復興取材レポート

地元の自慢を笑って話せる、そういう媒体を作っていきたい。東松島食べる通信 太田 将司さん

「食べる通信」とは、食の生産者を特集した情報誌と、彼らが収穫したり、作った食べものがセットで届く“食べもの付き情報誌”のこと。北は北海道から、南は沖縄まで、全国38カ所で発行されています。

「東松島食べる通信」もそのひとつで、平成26年に創刊されました。創刊号の特集は、定置網漁師。それ以降、農家、海苔漁師、牡蠣漁師、畜産農家などを紹介してきました。

そんな「東松島食べる通信」の編集長を務める太田将司さんは、カメラマン、ライター、デザイナー、編集者と雑誌制作現場で何役もこなしているだけでなく、「東松島あんてなしょっぷ まちんど」の番頭、そして東松島市観光物産協会の企画専門部会長も務めています。

とにかく多忙を極める日々ですが、太田さんは笑ってこう言います。「地元の自慢を笑って話せる、そういう媒体を作っていきたい」と。

太田さんが手がける「東松島食べる通信」

地元の人が地元のことを知る

太田さんが、「東松島食べる通信」を創刊したきっかけは、平成26年2月に発行された「東北食べる通信」。

「うちの海苔漁師が特集されてて、かっこよかったんですよ。で、うちのアンテナショップのスタッフに見せたんですよね。喜ぶと思って。そしたら、みんな感動してるんです。それで、”地元の人が、地元の人のことを知るコミュニケーションツールになるんじゃないか”と思って」。

すでにアンテナショップの番頭、そして観光協会の企画専門部会長という二足のわらじを履いていた太田さんですが、「海苔とか牡蠣とか米とか、うちの町でしか作っていないものってないんですよ。どこでも作ってる。でも、例えば、阿部晃也さんが作ってる牡蠣は、ここにしかない。僕は、この東松島市にいる『人』を紹介したいんです。こんなにすごい生産者がいるよ、って。だから、正直言うと、食べ物はおまけみたいなもんです(笑)」。

「霜がおりて、甘みを蓄えるちぢみほうれん草(2016.11号)」

創刊号は、定置網漁師の大友康広さんが登場。食材は、イワシだった。

「自然が相手なもんで、獲れないと食べ物が発送できないんですよ。それに、漁師もプライドがあるから、『こんな小さいのは送れない』って言うしね(笑)。180人くらい申し込んでもらったんですけど、そのうち120人は希望日に送れなかったですね。人によっては8回延期になったこともありました。最終的には、お客さんも『じゃあ、獲れたタイミングでいいよ』とか『そういうことを教えてくれてありがとう』って言ってくれて。まるで資本主義を無視したダイナミックなやり方でしょう?(笑) でも、本来、食べ物ってそういうものじゃないですか」。

「牡蠣を内湾から外洋へ運ぶ作業の光景(2015.11号)」

東松島市のために日々奔走する太田さんは、実は千葉県出身。東松島市には、震災後のボランティアで来たのがきっかけでした。

「本当はボランティアとか無縁の人間だったんですけれど、さすがに『これは何かしなくちゃマズイ』と思って。平成23年の8月に知人が、お祭りの手伝いをするっていうので、そこに自分も参加したんですよ。めちゃくちゃ忙しかったけど、爽快感に包まれてね。一夜明けて、東京に戻ろうと、車で沿岸部を走っていたんです。…そうしたら、まだ壊れた家とかも残っていた景色が衝撃的で、逃げるように帰ってきました。そして、安易な気持ちで行った自分にすごくムカついて。東京に戻ってからもイライラが止まらなかった。だから、まずは1年住んで、何かできることしようって思ったんです」。

こうして、平成23年の11月に移住してから、丸6年。今やすっかり、“東松島の顔”です。「東北は、いい悪いじゃなく、この先も震災の話題って切り離せない。でも、地元のことを笑って話せる人を増やしたいんですよ。地元の自慢を笑って話せる、そういう媒体を作っていきたいです」。

東松島食べる通信 編集長
東松島あんてなしょっぷ まちんど 番頭
太田 将司(おおたまさし)


千葉県出身。東京でインテリア関係の仕事をしていたが、震災後、東松島市に移住。現在、アンテナショップ番頭、観光協会企画専門部会長、「東松島食べる通信」編集長の三役。