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復興取材レポート

人間の強さが取り戻した荒浜のおだやかな海。サーフショップ リアルサーフ 残間祥夫さん

今は月に5~7回ほど海に出るという残間さん。現役を貫く姿に憧れるサーファーも多い。

海岸まで自転車で数分。波の音が聞こえる場所に、サーフショップ「リアルサーフ」はあります。

オーナーの残間さんは、若いころから頻繁に荒浜に通っていました。
「サーフィンを始めたのは、もう39年前。友達の家が経営している海の家に、当時珍しかったサーフボードが置いてあって、試しに乗ってみたのが最初でした」。

遠浅の海、テトラポットが強い波を消す荒浜は初心者にうってつけ。残間さんは、瞬く間にサーフィンの魅力に取りつかれました。
「いつまでたっても納得のいく波乗りができないんですよ。それがおもしろい。波は、ひとつとして同じものがないから、いつも目の前の波の変化についていかないといけない。永遠にゴールがないんです。飽きないです」。

庭のような荒浜の海。
けれども、津波の2日後に残間さんが目にしたのは、慣れ親しんだ海の変わり果てた姿でした。「もう東北でサーフィンはできないな、と。無理だと思いました」。

サーフィンができる海にビーチクリーンを実施

残間さんが、震災後初めてサーフィンをしたのは、2011年6月でした。
「気落ちしている私に、千葉のサーフィン仲間が、気晴らしにこっちでやりなよ、と声をかけてくれました。やっぱりいいなと思いましたが、同時に、荒浜でサーフィンを再開するのは、できないなと思っていました」。

けれども、状況が落ち着くにつれて、周囲には再開を望む声が増えてきました。
「町の人も、みんな早くサーフィンにきてほしいね、という感じだったし、自分もだんだん、やっていいのかな、という気持ちになっていきました。迷いがなかったわけではないですが、私もやはりできることなら荒浜の海に出たかったので」。

震災から2年後、津波で流されていたテトラポットを元に戻す工事が始まりました。

海の準備ができたなら、と残間さんはビーチクリーンの取り組みを再開しました。
「ビーチクリーンは震災前からずっとやっていたので、声をかけると仲間がすぐに集まってくれました。今も第2日曜日は、皆で集まってごみ拾いをしています」。

震災後、最初に荒浜でサーフィンができたときは、どんな気持ちでしたか、と聞くと、残間さんは少し黙って、かみしめるようにこう言いました。

「人間って強いなと。よく戻った、ここまで戻ったか、と。7年たって、今でもそう思います」。

無理をしないで、逃げる海と上手に付き合って

自分の「庭」が、一瞬にして牙をむく経験をした荒浜のサーファー。震災を経験をし、気持ちの変化はあったのでしょうか。

「自然災害は必ずあります。常に自分で状況判断して、上手に付き合うしかないでしょうね。無理だと思ったら、やめる。高波や、津波警報が出たら、すぐに逃げる。あの津波はひどい経験でしたが、自然と付き合う自分たちにとって、災害はつきものです。引き際を見極めるという基本をちゃんとやる以外ないでしょうね」。

残間さんは、最近、サーフィンをどうやって次の世代に伝えようかと、考えることが増えたと言います。「津波を経験した子どもたちは、海って怖いものだと思ってしまっています。そういう子に、上手に付き合えば安全だし、とてもいいものだと伝えたいです」。

残間さんの経営する「リアルサーフ」では、初めてサーフィンする人に向けた無料体験も行っています。

「リアルサーフ」には、さまざまなサーフィン用品が。「初心者からベテランまで」がコンセプト。

「浜に遊びに来れるようになれば、サーフィンを見る機会も増えるのですが、荒浜はまだ海水浴場が再開していません。子どもたちが、サーフィンに触れる機会を、作っていきたいと思っています」。

サーフィンの聖地と言われる荒浜に、たくさんの人々が戻ってくるまであと少し。残間さんは、今日も海と向き合っています。


サーフショップ リアルサーフ
残間 祥夫さん
岩沼市出身。震災前は鳥の海でサーフショップを経営。2015年に、現在の荒浜にぎわい回廊商店街に店を構えた。サーフボードやウエットスーツを扱うほか、初心者向けの無料体験も行っている。