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宮城県
復興取材レポート

それでも山は元気だった 丸平木材株式会社 小野寺 邦夫さん

いよいよこれから、と決意を新たにした10日後、東日本大震災が発生

ほんのり淡い赤み。まっすぐで素直な木目。海の風と霧に育てられた「南三陸杉」。埋もれかけていた山の資源をブランド化する計画がスタートしたのは、平成20年のこと。南三陸町で木材業を営む丸平木材では、これまでの経営から大きく舵をきり、生産する木材のほとんどを南三陸杉に限定。「南三陸町山の会」を中心に町全体で「南三陸杉」の付加価値を高めるため動き出しました。

その取り組みは全国でも評価され、平成23年3月1日の全国林業経営者コンクールで農林水産大臣賞を受賞します。「南三陸にこんなに良い杉があったなんて、とインパクトを与えた受賞でした。うれしかったですよ。いよいよこれからと、みんなで決意を新たにしました」。町を津波が襲ったのは、その10日後のことでした。

森に携わる者として南三陸と共に生きる

海のすぐそばにあった本社の建物にいた丸平木材株式会社の小野寺邦夫さんは、津波に追われて裏山に駆け上ります。そこで見たのは、一面の海になったまちでした。「圧倒的な自然の力に呆然としました。あんなに重い機械があった本社工場ですら、土台も残さずに流されてしまったんです」。何もかも流された灰色のまち。けれども、振り返って山を見ると、そこには生き生きと茂る木々がありました。

「人間の営みは儚い。当たり前だと思っていた日常は、実は貴重だった。だからこそ、自分は自分の立ち位置で、山を動かしていかないといけない。その想いだけで、立ち上がったような気がします」。明治時代から続く丸平木材の経営理念のひとつに「私達は地木の力を輝かせ、『くらしを包むやすらぎと感動』を提供します」という言葉があります。小野寺さんは、今こそその理念に立ち返り、何もなくなった地域と共に歩もうと決意しました。

本社と工場を木材置き場だった山側に再建。特産の「南三陸杉」に本来の力を引き出すための投資をすると決め、文字通りゼロから設備をそろえました。

復興を進めるために森ができること

「杉は、水が大好き。でも、南三陸は年間降水量がとても少ない。なのになぜ良質な杉が育つのかというと、それは海のおかげなんです。ミネラルをたっぷり含んだ潮風や、春から夏にかけて発生する霧が、杉に十分な水分を与える。成長した杉が山を守り、山は栄養分豊富な地下水をため込む。その地下水が海の底から湧き出す。全部循環しているんです」。

南三陸町は総合計画に掲げるビジョンに『森・里・海・ひと いのちめぐるまち 南三陸』を掲げています。自然を活かしたまちづくりを行うため、森林保護の国際認証であるFSC®森林認証※も取得しました。「復興が進むなかで、森がどんな役割を担えばいいか、いつも考え続けています」と小野寺さん。

震災後、全国各地から人が集まり、化学反応が起きているように感じると話します。「震災後、会社として再始動してから丸5年です。“当事者”として関わってくれる町外の人に多く出会い、南三陸杉に新たな価値を見出すことができました。震災を経験し、何もないところから再スタートしたからこそ、希望がたくさんある。南三陸杉を用いた取り組みを着実に進めながら、常に革新を試みていきたいと思います」。

「南三陸さんさん商店街」の建物に使われるなど、全国から熱い視線を集めている「南三陸杉」。震災をともに乗り越えた杉とともに、小野寺さんは歩み続けます。(執筆/沼田佐和子)

※FSC(R)森林認証とは:森林の環境保全に配慮し、地域社会の利益にかない、経済的にも継続可能な形で生産された木材に与えられる国際認証。

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PROFILE
丸平木材株式会社 代表取締役 小野寺 邦夫さん

2009年に同社五代目社長に就任し、南三陸杉の活用とブランド化のキーマンとして活躍。「山さ、ございん」プロジェクト実行委員や、南三陸杉デザイン塾初代塾長も兼任する。