仮設住宅の集会所から聞こえてくるお母さんたちの笑い声。
東松島市陸前小野名物のぬいぐるみ「おのくん」はそんなにぎやかな場所から生まれました。
今回は「おのくん」に込められた想いや誕生のエピソードを、東松島市陸前小野駅前の応急仮設住宅自治会長だった武田文子さんお話を伺いました。
とにかく、暇!
武田さんは津波で自宅を失い、5ヶ月に及ぶ避難所生活を経た後、陸前小野駅前の仮設住宅に移り住みました。
「仮設住まいは、とにかく暇で」と武田さん。
そんなある日、埼玉県の方から仮設住宅で暮らす子供たちへ靴下でできたぬいぐるみ「ソックモンキー」が贈られました。
それを見た武田さんは「これなら作れそうだ」と、同じように手持ち無沙汰だったお母さんたちに声がけして回り、ソックモンキーづくりに挑戦することにしました。
程なくして、お母さんたちが作るソックモンキーは、陸前小野の地名にちなんで「おのくん」と呼ばれるようになります。
広がるおのくんの輪
おのくんは、ボランティアの人たちの目にとまり、おみやげとして購入されるようになりました。購入した人の喜んでくれる姿を見ているうちに、おのくんをもっとたくさんの人に知ってほしいという気持ちが生まれたと言います。
最初は、作れる数に限りがあったので、販売している数も少なかったのですが、徐々にメディアでも取り上げられるようになり、全国から注文がくるように。作り手のスキルもあがり、今では1時間に1体作れるようになりました。
「あれよあれよと、忙しくなって。
でも、そのおかげでいろいろな人との間に、つながりができるようになりました。
お客さんがおのくんを持って帰って、地元のお祭りで売ってくれたりね。
人との関わりが、おのくんを通じてほんとに増えたんですよ。
それまでは見たこともなかったSNSも使うようになって、さらにたくさんの仲間もできました。
お客さんの中には、おのくんの服や帽子などを手づくりするために、わざわざミシンを買ったという方もいるんですよ」と武田さんは笑います。
おのくん、空の駅へ
武田さん達は、平成26年から、仮設住宅の閉鎖を見越して新たな拠点「空の駅」を陸前小野駅前にオープンさせました。
空の駅は、おのくんと、おのくん関連のグッズを取り揃えるショップで、現在はおのくん作りの拠点にもなっています。
仮設住宅の閉鎖前は、この空の駅と集会所あわせて、年間約2万人もの人たちが訪れていたそうです。
私が取材に伺った際も、平日にもかかわらず、お客さんが何人も訪れていました。
おのくんと陸前小野の未来
「たくさん売ろうとしていたわけでもないし、特別営業しているわけでもないんです。
里親さん(おのくんの持ち主の愛称)が口コミやSNSで広めてくれたこと、おのくんのえさ(材料)を提供してくれたり、いろんな所へおのくんを連れて行ってくれたりしたことで、これだけ広まったんです。
里親さんたちは、お客さんであると同時に、仲間であり、家族なんです」。
「おのくんを通じてみんなが集まる場所をつくるという構想があるんです。
お年寄りが休めるカフェのような空間。
地元の人が作った野菜を売ったりするスペースなんかも設けて、人が集まる場所にしたいです。
あとは、後継者を育てたいという気持ちがあります。
家族に継がせたい、とかではないんですけれどね。
東松島に人を呼ぶためにも、もっとおのくんが広まっていくといいですね」。
「おのくん」でつながる輪。
陸前小野の駅前に、笑顔が広がっています。
武田文子(中央)
小野駅前郷プロジェクト・空の駅プロジェクト代表。
(元東松島市陸前小野駅前応急仮設住宅自治会長)
「おのくん」作りを中心となって行う。
執筆・ライター 昆野 沙耶