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宮城県
復興取材レポート

【NOW IS復興インタビュー】名取閖上港 魚匠 鈴栄

宮城県名取市閖上(ゆりあげ)に震災後にできた水産加工団地があります。
その中にある企業のひとつが名取閖上港 魚匠 鈴栄です。

もともと福島県浪江町で小魚の加工業を営んでいた鈴栄の代表・鈴木健一さん。
今回は、閖上水産加工団地に入ったいきさつや、今後の意気込みをお伺いしてきました。

福島から神戸へ
明治29年に創業した鈴栄。福島県浪江町請戸港にあった頃から、活魚・鮮魚出荷やちりめんじゃこの加工を行っています。

震災後、福島第一原子力発電所の影響を懸念した鈴木さんは震災の5日後には親戚の住む神戸へ避難しました。
すぐに家を借りることはできましたが、魚の加工とはまったく違う職業に就くことになりました。

「神戸へ避難してきて、ほっとする気持ちとは裏腹に、『このままでは魚屋でなくなってしまう』という気持ちもありました。
そこで、やる気が薄れないように、神戸市内のちりめんじゃこの加工場を見に行ったり、浜に行ったりすることでモチベーションを保っていました」と鈴木さん。

震災前から工場で使っていたちりめんじゃこ加工の機械のメーカーがちょうど神戸にあり、そこに出入りしてお話することも大事にしていました。
あるとき、鈴木さんは相馬市の海苔屋の社長から「相馬市にちりめん工場を建てるから製造の責任者をやってくれないか」と頼まれます。

鈴木さんはそれに応じて、福島県に戻り2年ほどその工場に勤めました。

閖上の地で
福島県の工場で2年ほど働いた後、昔から付き合いのある顔なじみの相馬市の同業者に「名取市で水産工場を再建する業者を募っている」との情報を聞きました。業者募集の会合に一緒に付いて行くようになり、最終的に水産加工団地に入ることが決まりました。

そして、平成28年4月には工場が完成しました。

「水産加工団地に入るまで、意外とすんなりうまくいって。
やっていたことといえば、体力作りですかね。けっこう、この仕事は体力がいるんです(笑)」。

「地域×水産物」をめざす
鈴木さんは地域と水産物とのかけあわせを大切にしています。

例えば、若い人のアイディアが欲しいときは名取市内にある宮城県農業高等学校に「うちの商品を使った新しいレシピを考えて欲しい」と、コラボを申し出ました。

平成29年に「ご当地!絶品うまいもん甲子園」という高校生のご当地食材を使った料理の大会にて鈴栄のしらすを使った「パリッと閖上おにしらす」という料理を提案したところ、全国大会で優勝しました。

「パリっと閖上おにしらす」はいわゆる「おにぎらず」。
海苔を巻いた外側にさらに春巻きの皮を巻いて焼きあげ、皮はパリっと、海苔はしっとり、中には甘辛く煮たしらすや野菜、チーズがたっぷり…という一風変わったテイストのメニューです。

福島県ではシラス漁が当たり前でしたが、宮城県では平成29年からシラス漁が解禁となり、
新たな水産物としてシラスが注目されています。
そこで、鈴木さんは「宮城ではじめてあがるシラスを使ってみたらどうだろうか」と、高校生たちにアドバイスしたのです。

また、小女子(こうなご)の佃煮に、宮城県産のゆずや梅を和えるなど、
宮城の農産物と水産物をかけあわせる試みにもチャレンジしています。

「今度は、山元町のいちごと小女子をいっしょに炊いてみようかなと(笑)
話題性が、大事だと思うんです。
水産物というのは佃煮とかちりめんとか、決まりきっているものばかりなので『こんなのもあるんだぞ!』というものを考えていってもいいのではないかと考えています。」

とにかく、広めていく

「ブランドにしていくこと、鈴栄を知ってもらうことがまず大事だと思っています。

地域の復興につながり、宮城の特産になるであろうシラスに尽力していきたいですね。
これからこの地域はどんどんよくなっていくと思いますよ。
しらす漁は、漁師の後継者不足問題も解消するし、市民の人々はおいしいシラスを食べられますし。
こういった、いいサイクルが生まれるといいですね。」と鈴木さん。

「スーパーなんかで売られているシラスはまだまだ宮城県産のものは少ない。
ここでつくられているできたてのちりめんじゃこはおいしいということを、
たくさんの人に食べて知ってもらいたですね」と、笑顔で答えてくれました。
水産業の新たな面を開拓し、
閖上の水産物をアピールしていきたいという強い想いを持つ鈴木さん。
これからの活躍に注目です。

鈴木健一(右)
http://suzueinatori.thebase.in/
昭和60年、武蔵野調理師専門学校(豊島区)卒業後、2年間地元ホテルに勤務。その後22歳から家業を引き継ぐ(鈴栄(屋号ヤマジュウイチ)5代目)。