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復興取材レポート

【NOW IS復興インタビュー】アグリードなるせ 安部俊郎さん(第1回)

東日本大震災で農業にも大きな被害が及んだ東松島市。多くの農家ががれきやヘドロ、そして塩害に悩まされました。
今回は、そんな東松島市で震災後の農業復興を果たし、現在、6次化産業に積極的に取り組んでいる農業生産法人「アグリードなるせ」の安部俊郎さんをご紹介します。

アグリードなるせが誕生するまで
農業生産法人アグリードなるせの前身である中下農業生産組合が産声を上げたのは、平成3年のこと。
農業機械を共同で使用し、稲刈りをしようという動きが始まりでした。

平成18年には法人化し、組合から農業生産法人「有限会社アグリードなるせ」が誕生。
アグリードという言葉にはアグリ(農業)とリード(一歩前進する)、つまり先端を行く農業、という意味合いが込められています。

震災と農業
平成23年に起こった東日本大震災で、東松島市は深刻な津波被害に遭いました。

震災直後、消防団のメンバーである安部さんは
「仲間と一緒に人命救助に当たっていました。避難所では、食べ物や寝る場所の確保だけでも精一杯。それに、津波の被害は人々の生活だけではなく農業にも大打撃を与えたので、農家のみなさんはずっとうつむいた状態だったんです」と話します。

津波によって、稲作の敵である塩分を含んだ海水が田んぼに浸水したほか、ヘドロとがれきで一杯になったその光景は、絶望的とすら思えました。

しかしながら安部さんは、「なんとかしないと」と、一念発起。
「その年に米を作ろうと。米を作り続けることが、農家にとっての復興なのだと考えたんです。もし、その年のうちに米ができたらそれは農家さんたちへの希望になります。人々の希望となるべく、とにかく米を作るぞ、と意気込みました」と、当時を振り返ります。

しかし、周囲からは「無謀だ」、「無理だ」の声。

それでも安部さんは、あきらめませんでした。
次第に安部さんの熱意が周囲に伝わり、たくさんの人の協力によって、除塩活動も順調に進みました。
その結果、秋には高品質でミネラルが豊富な一等米が収穫できました。

「味や香り、色つやも良く、いままでにないほどの出来です。もともと90%程度だった一等米の比率がこの年は97.5%だったんですよ」。

この結果は、多くの人々を勇気付けました。
震災が奪ったものの大きさは計り知れません。ですが、そこで得られたものも確かにあったのです。

第2回へ続く


安部俊郎
昭和32年、宮城県生まれ。宮城県立農業講習所卒業後、いしのまき農協(旧野蒜農協)営農指導員として入組。退職後の平成18年、農業生産法人「有限会社アグリードなるせ」を設立し、代表取締役社長に就任。東日本大震災で自社も壊滅的な被害を受けるも、消防団の副分団長として現場で人命救助や行方不明者の捜索などにあたる。また、耕地の除塩に成功し、その年の秋には高品質な米の収穫も実現。現在、東松島市野蒜地区で、6次産業化施設の運営、人材育成や雇用促進など地域農村コミュニティの発展に努めている。

執筆 ライター 昆野沙耶