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復興取材レポート

【NOW IS復興インタビュー】山元町「みんなの写真館」

今回は山元町の旧山下駅前で橋元商店とともに「みんなの写真館」を営む橋元さんにお話を伺いました。
「みんなの写真館」創立のいきさつ、今後のことについてなどお伝えします。


みんなの写真館

旧山下駅前に「みんなの写真館」があります。
外壁には華やかな花の絵が描かれ、親しみやすい看板が出迎えてくれます。

その中には、とにかく写真、写真、写真。
被災前と被災後の山元町の様子が分かる写真、当時の新聞記事や津波到達時に止まった時計などが飾られています。
ショックの大きい写真は、ファイルの中にしまわれており、見たい人だけが手にとって見れるよう、配慮がしてあります。

伝承館のような役割を果たしているみんなの写真館。
再建・創立するまでにはこんなエピソードがありました。

んなの写真館ができるまで
「震災時は津波で天井まで浸水。店の中は当然ぐちゃぐちゃになってしまいました。ボランティアの方や友人が手伝いに来てくれて、整備したんです。」

整備はしたものの、店を続けていくか悩んだという橋元さん。

しかし、周りから「タバコの自販機がほしい」「水を買いたい」「アイスを買いたい」などの要望もあり、簡易的なかたちでひとまず店を続けることにしました。

店の近くでは,がれきの焼却などの仕事をする人や仮設住宅に住む人が多かったので、
そういう方の休憩所になるように、店の奥に机や椅子を置いてコミュニティスペースも作りました。

すると、店に人が集まるようになり、小さなコミュニティも築かれるようになったそうです。

「そんな中、ボランティアに来てくれていた人がね、よく状況を聞きに来ていたんです。
それで、画びょうで橋元商店の壁に被害状況の写真を貼っておくようにしたんですよ。
でも、だんだんとお店に来る人と写真を見に来る人でいっぱいになってしまって。
それで、使わなくなった倉庫を使って、写真館として独立させることに決めました」。

津波で濡れた写真を復元するボランティアの方やそれに協力していたカメラのメーカーの方の力添えで、500枚以上の写真をA4版に引き伸ばし、印刷することができました。

外の壁には、東京藝術大学のOBが、3ヶ月かけて華やかな絵を描いてくれました。
力強く咲き誇る花の絵は、前向きな橋元さんの姿のようにも見えます。

今ある場所でやっていくこと
「みんなの力で完成した「みんなの写真館」ですが、
今後は写真を入れ替えつつ、リフォームも視野に入れながら、運営を続けていきます。

『ここで何か続けていく』ということを大事にしたいです。
これからどのように町をにぎやかにしていくかが、課題ですね。」

力強い眼差しで、そう語ってくれました。
かつての賑わいを少しでも取り戻すため、
橋元さんは今日も頑張っています。

橋元伸一
有限会社橋元商店の店主で、みんなの写真館のオーナーでもある。山元町の議会議員も務めている。

 

執筆 ライター 昆野沙耶