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宮城県
復興取材レポート

【いわたかれん復興フォトVOL.4】無私の心 広がる東北

こんにちは!岩田華怜です^ ^
今年の夏はじめじめしますね(>_<)
今回私が撮影に行った日も、実は雨でした。でも私がシャッターを切ってると、一時的に止んでくれたりして^ ^
お天道様に助けてもらいながら、今回も撮影に行って参りました!

私が今回最初にお邪魔したのは、ある方のお宅。と言っても、今は誰も住んでいません。


宮城県名取市に住む、鈴木英二さん、76歳。鈴木さんは、震災前の1996年、仙台空港から海側に見えるこの土地に、当時集落一大きな家を建てました。

二階までの高さはおよそ10メートル。
しかしあの日の黒い波は、その高さをものともしませんでした。



津波は容赦なく鈴木さん宅を襲い、外に停めてあった乗用車は真ん中の部屋まで押し流されました。

鈴木さんは空港ビルへ避難し、親族も皆無事でしたが、津波の被害が甚大だった北釜地区は、住人56人が命を落としました。

そんな津波を受けても、鈴木さんのお家は流されることなく、しっかりと立っていました。家の中はめちゃくちゃ。ほぼ骨組みだけが残された自分の我が家を見ても、鈴木さんは、この家を残そうと決めました。

鈴木さんは、今後も名取市のため、復興を手伝うと語ってくれました。
その一環として、この鈴木さん旧宅から海までの100haを、海岸再生プロジェクトとして10年間で約50万本のクロマツ等を植える計画を進めています。

鈴木さんのお話の中で私が印象に残った言葉があります。

「自分の資産を投げ打ってでも、この町のため尽力する」

私が以前出演させて頂いた、江戸時代の東北で起きた実話を映画化した映画”殿!利息でござる”にも、同じような言葉がありました。
町のためなら自分の利益等考えない。
まさに無私の心をテーマにした映画でした。

江戸時代から、今もなお東北に伝わる”無私の心”を目の当たりにして、私は改めて東北に生まれたことを誇りに思いました。

鈴木さんのような方がいる限り、東北の復興はいい方向に進むと思います。
そしてこのような方1人に頼らず、私たちがこの志を後世へと伝えていかなくてはなりません。
鈴木さんの旧宅は、今も北釜地区の海岸沿いで大きく佇んでいます。

次に私が向かったのは、佐々直旧本店工場です。

佐々直は大正5年創業、閖上地区で笹かまぼこを製造販売していた老舗店です。
ここも震災前は約110名とたくさんの人が働く立派な工場でした。

しかし、この佐々直旧本店工場は、8.5メートルの巨大津波により、見るも無残な姿になってしまいました。
平成32年度には、閖上地区の復興工事が終了予定となり、残念ながらその間に取り壊される予定だそうです。

曇っていた空が急に晴れました。

震災から6年。
被災地の復興もだいぶ進み、あの悲劇が無かったかのように思われる場所も多くなってきました。
嬉しいことのようにも思えますが、今もこうして、あの日に取り残されている場所が多く存在します。

しかしその場所にも、こうして日は昇り、光が射します。

私は、青空の下太陽に照らされる震災の遺構を背に、今後も東北の”ありのままの今”を、こうして写真を通して伝えていこうと心に決めました。

 

 


岩田華怜
仙台市出身の女優。AKB48を卒業し、被災地の「今」を伝えたいと写真の勉強を始める。